第43話 あくまでも親友ですから 中編
才川裕作は対等の関係を好む。
年上だろうが年下だろうが、自分が友人と思った人間には忖度無しで接したいと思っている。
どちらが上とか下とか、そんなくだらないことで人を区別したくない。
そんな性格の彼は、一方的に恩を売られる行為は苦手な傾向にある。
他人の関係性までは口を出すつもりはないが、少なくとも自分自身に対して向けられる恩には報いたい。
持ちつ持たれつ、互いに助け合って生きていく……友人同士であればそんな関係を築いていきたいと考えている。
特に金銭面の貸し借りには敏感で、極力お金の貸し借りが発生しないようにしている。
それは、秋音にとっても例外ではない。
「秋音、受け取ってくれるか?」
「ほんっっっといつも言ってるでしょ! あたしにお金なんて返さなくていいって!」
不機嫌そうに怒る秋音は、腕を組み断固として受け取らない姿勢を貫き続ける。
早乙女財閥の御曹司にとって、お金の問題など無縁にも等しい。
仮に、裕作が今持っている数千円を受け取った所で何の足しにもならない。
その上、彼らの関係を考えても金銭のやり取りで友情に亀裂が入ることなどありえないだろう。
「それに、あたしは沙癒の為に買っただけだし、あんたが気にする必要はないわよ」
「確かにそうだが、今回沙癒が倒れたのは俺に責任があるんだよ」
しかし、裕作は引き下がらない。
裕作はお金を握り絞めながら秋音に近づいて「んっ」と無言のまま受け取らせようとする。
彼のやっていることが、無駄な行為かもしれない。
そう、そこには引けない理由がある。
裕作は過去に何度も秋音が金銭的なトラブルに巻き込まれている事を知っている。
小さいころ、彼の持っている物が何度も盗まれた事があった。
今と違い、秋音が持たされたものはどれも高級な物ばかりで、中等部までは一般的な学校に通っていたこともあり悪目立ちしていた時期があった。
買い与えていた両親も、当時は庶民の感覚がわからなかったのだろう。
中にはお気に入りのキーホルダーが付いたキーケースを盗まれて家に帰れないと泣きついてきた事も、年上の数人に何度もカツアゲに遭っていたこともあった。
そんな過去を近くで体験してきた裕作は、彼……秋音だからこそ一方的に恩を着せられる行為は出来る限り避けたい。
物でしか秋音の価値を測っていなかった連中と自分は違うんだぞと、心の中で意固地になっている部分がある事に、裕作自身は気がついていないだろう。
「……ほんと、あんたってやつは」
ガクッと肩を落として壮大なため息を吐いてから、秋音は手渡されているお金を手に取る。
そのことをなんとなく察している秋音は、何度もお金はいらないと言っているが結局どこかで折れてしまうのであった。
「ん、これでいいでしょ?」
だから結局の所、秋音が妥協する形で裕作のお金を受け取ることにした。
「いいって、全部受け取ってないじゃねぇか」
しかし、秋音が受け取ったのは千円札を一枚だけであり、金額は裕作が渡している半分にも満たない。
「バーカ、割り勘で良いわよ」
手に持った千円札をすぐ近くにある机に置きながら「ただし」と言葉を繋げる。
「あたしがなんかあった時、頼らせてもらうからね」
人差し指を突き立てながら言葉を強調させ、秋音は余裕たっぷりな表情のまま軽くウィンクをした。
可愛らしい顔つきから放たれるちょっとした行動は、小悪魔の様に人の心を弄ぶように人を魅了する。
秋音が人気者な理由は単に顔がいいだけではなく、こういった何気ない事で不意をつかれてそのままノックアウトされるものが多い。
耐性を持っていない人間にとっては必殺に近いような不意打ちをモロに受けた裕作の反応は……
「いや、別にいつでも頼ってくれていいけど?」
まるでダメージを追っている様子はなかった。
そう、裕作は子供の頃からずっと沙癒や秋音と一緒に過ごしてきたことにより、可愛いものに対する耐性が尋常ではない。
超ど級の美人な男の娘に挟まれた男、才川裕作は普通の人間にとって致死量にも近いような環境で過ごしてきたのだ。
結果として、裕作はちょっとやそっとじゃ心が動かない難攻不落の鉄壁要塞と化してしまっていたのだった。
「――いや、待て」
どこか引っかかる部分があったのか、裕作はお金を胸ポケットにしまいつつズンズンと秋音に近づいていく。
「な、なによ」
「秋音、何か悩んでるのか?」
「べ、別になんにもないわよ。ただ適当に言ってみただけ……ふぁ!?」
秋音が話しているのを遮るように優しく両肩を掴み、裕作は屈んで目線を合わせる。
その表情は真剣そのもので、曇り一つない綺麗な瞳で秋音を見据える。
「何か悩みがあるなら、俺に相談しろ」
「いや、ちが……あんた、顔近いって」
迫る裕作に対し委縮する秋音。
先ほどまでの余裕ある顔つきから一転、耳の先まで真っ赤に染めてタジタジになる。
意識していなかった感情が急激に沸き立ち、秋音の理性を溶かしていく。
「秋音、何でも相談してくれ。お前の為なら俺は何だってしてやる」
――ほんと、なんなのよこいつ
心のうちに秘めた言葉は、口に出すよりも先に心を突き刺す。
自分の事よりも他人を優先するその性格。
男らしく、沙癒や七海と違った意味で整ったその顔つき。
誰よりも優しく接してくれて、色んな事を肯定して自分を支えてくれた唯一無二の存在。
そんな彼と接していると、秋音は時折自分の体じゃないような錯覚に陥ってしまう。
心臓が痛い。
体の熱が収まらない。
思考が鈍り、うまく頭が働かない。
彼の事を思うと、いつも胸が苦しくなる。
顔は真っ赤に染まり、息もすることがままならない。
――ダメ、これ以上はいけない
「う、うるさい! なんでもないわよ!!!」
秋音は今日一番の大声を出して、裕作の手を跳ねのける。
それに驚いた裕作は立ち上がり「どうした秋音!?」と驚いた。
「あたし着替えてる最中だから、とっとと出てけ!」
あふれ出しそうな感情をぶつけるように裕作を両手で押しのける。
巨体を押しのけるのに苦戦をしながらも、秋音の貧弱な力で押されるがまま裕作を部屋の外まで追い出した。
「待てって秋音、まだ話が」
「バーカ! バーカ!」
語彙力の欠如した言葉を吐いてから、秋音は勢いよく扉を閉めた。
※後半に続きます




