第二話 チャンピオンシップ
招待メールを受け取ってから一ヶ月後、友樹は東京アリーナにやってきた。
六万人を収容できる巨大なドーム内は、眩しいライトと巨大なスクリーンに彩られ、どこまでも続く観客席は、すでに熱気に包まれていた。
天井から吊るされたホログラムスクリーンには、今大会のタイトル『WORLD E-GAME CHAMPIONSHIP』が表示されている。
ここで世界各国から集まったトップゲーマーたちが戦うのだ。
スピーカーから流れるオープニングテーマと、各国の選手たちが映し出される映像に、会場のボルテージは最高潮に達していた。
こんな大きな会場でプレイするのか――
友樹は、圧倒されるように観客席を見上げた。
こんな場所に立っていることが、まだ夢のような気がする。
彼は手に握ったゴールドチケットを持って周りを見回していた。
「天野友樹くん?」
突然、後ろから名前を呼ばれた。
振り向くと、若い女性が立っていた。
青いジャケットにタイトスカート。長い黒髪を後ろでまとめ、知的な雰囲気を漂わせている。
「私は皆月亜里沙、日本チームの担当よ。よろしくね」
「あ、よろしくお願いします!」
友樹はドギマギしながら慌てて頭を下げる。
「控室に案内するわ。付いて来て」
「は、はい!」
彼は緊張しながら、皆月の後を付いて行った。
日本チーム控室のドアを開くと、奥に三人の少年少女がリラックスした様子で待機していた。テーブルにはスナック菓子やドリンクが散乱していて、大型モニターで映し出されたアクションゲームをプレイしている。
皆月が手を叩いて注目させた。
「みんな、新しいメンバーを紹介するわ。日本チームに参加する天野友樹くんよ」
三人の視線が一斉に友樹へ向けられた。
「よろしくお願いします!」
友樹は緊張しながら深くお辞儀をした。
「弱そ!」
ガムを噛みながら、友樹を一瞥して言い放つスポーツ刈りの少年は、福田貴史。中学三年生で、生意気盛りの十五歳。
「失礼なこと言わないの。これから一緒に戦うんだから――」
そうたしなめたのは、小川美咲。同じく中三の十五歳。
ショートカットの黒髪が快活そうな雰囲気で、しっかり者の姉貴分といった印象。
「ま、足手まといにならないようにお願いしますねー」
そう言いながらスマホの画面をスワイプしているのは、橋本優。中二の十四歳。
天然パーマで飄々とした態度だが、実は計算高い優等生。
なるほど、この三人がチームメイトか――
友樹は、このメンバーと一緒にやっていけるのだろうかと不安を覚えた。
「さあ、みんなユニフォームに着替えて準備してね」
皆月が、白地に赤のラインが入ったユニフォームを手渡した。
胸元には日本チームのエンブレムが刺繍されている。
友樹は、本当に、ここで戦うんだと実感した。
今まで、ゲーム中で戦うことはあっても、リアルのゲーム大会に出るのは初めてだ。
自分が、このユニフォームを着る資格があるのかと、不安がよぎる。
福田は、さっそくユニフォームに着替えて、姿見鏡を見ていた。
「うおー!なんかスポーツ選手っぽくね?」とはしゃぐ福田。
「気分は上がるよね」
小川は笑いながら更衣室へ向かう。
「うーん、着替えるの面倒くさいなー」と橋本はブツブツ言いながら着替える。
友樹もユニフォームに袖を通すと、ようやく日本代表としての実感が湧いてくる。
「よし、がんばろう!」と彼は心の中で決意した。
『ワールド・Eゲーム・チャンピオンシップ』は、世界各国から選ばれた四人一組のチームが「アンダーセイバー」を操縦し、トーナメント形式で勝ち抜いていく大会で、それぞれの国を代表するトップゲーマーたちが、技術と戦略、反射神経のすべてを競い合う。
東京アリーナの中央ステージには、最新鋭の「アンダーセイバー」筐体が並んでいる。
各プレイヤーのコックピット型筐体が整然と配置され、その上には巨大なディスプレイがいくつも吊るされていた。
プレイヤーの視点、機体の動き、戦況データ……あらゆる情報がリアルタイムで映し出される仕組みだ。
そのすべてを見守るのは、アリーナを埋め尽くす数万の観客たち。
彼らはスマートフォンの専用アプリを通じて、試合のデータや実況をリアルタイムで確認できる。
歓声が高まる中、一筋のスポットライトがステージ中央を照らした。
紺色のスーツに身を包んだ男が、堂々と歩み出る。
アラン・ベイカー。年齢は四十五歳でファルコ・グループの創業者でありCEOである。
自動車、航空機、軍需、エンターテイメント……あらゆる産業に革新をもたらし、「現代の魔術師」と呼ばれる男だ。
その名声とカリスマ性は、世界中のビジネス界に知れ渡っている。
「皆さん、ようこそ!『ワールド・Eゲーム・チャンピオンシップ』へ!」
アランが右手を広げると、会場全体に響き渡るような拍手が巻き起こった。
彼は観衆を見回し、微笑みながら続ける。
「私たちのビジョンは、ただの未来予測ではありません。それは、未来を創り出すことです!」
背後の巨大ディスプレイに、「アンダーセイバー」の映像が映し出される。
機体が旋回しながら敵機を撃墜するシーン。洗練されたデザイン。圧倒的な没入感。
観客席からどよめきが起こる。
「ファルコ・グループは、常に新しい世界を生み出すことに挑戦してきました。そして、今回はゲーム・エンターテイメントの領域において、かつてないリアルな戦闘体験を実現しました」
アンダーセイバーが、滑走路を駆け抜け、加速しながら飛び立つ映像が流れる。
まるで本物の戦闘機のようなリアルな映像に、観客たちが湧いている。
「『アンダーセイバー』は世界中で大ヒットして、このようなイベントが出来たことを嬉しく思います。今日はトーナメントの決勝戦まで楽しんでいってください」
アリーナ全体が揺れるような拍手に包まれた。
「すごい……本当に、こんな大舞台に立つことになるなんて……」
友樹は、その様子を控室のモニターで、見ながら息を呑んだ。
いつも学校の屋上でひとりゲームをしていた自分が、今や世界規模の大会に参加している。
目の前に広がる光景が、まるで現実とは思えなかった。
控室では、日本チームのメンバーが最終準備を整えていた。
「最初の対戦相手はドイツチームだ。絶対に勝つぞ!」
福田が拳を握りしめ、やる気を漲らせる。
「ハンス・ミュラー……あいつはやばいな。反射神経が桁違いらしい」
橋本はスマホで相手チームのデータをチェックしていた。
「力を合わせて頑張ろうね」
小川が微笑みながら、友樹に声をかける。
「はい……頑張ります!」
彼女の言葉に、少しだけ緊張が和らいだ。
「じゃあ、役割を決めようか」
皆月が提案し、チーム内で話し合いが始まる。
「俺がリーダーやる!」
福田が即答する。
「じゃあ、ボクはウィングマンで」と橋本が手を上げる。
「私はカバーね」と小川も手を上げる。
残るポジションはエースになる。
「えっ、僕が……エース?」
友樹は戸惑って、思わず聞き返した。
「こいつにエース任せて大丈夫か?」
福田が心配そうに眉をひそめる。
「大丈夫よ。天野くんは、この中で一番ハイスコアを出してるんだから」
皆月がすぐにフォローした。
「えっ、マジか!」
福田が驚きの声を上げる。
「すごいね、天野くん」と小川が感心する。
「まぐれってこともあるけどね」
橋本が冷ややかに言うと、友樹は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「さあ、みんな行くわよ!」
皆月が、日本チームのメンバーをステージへと導いた。
入場口からステージへと歩き出す。
目の前の巨大なディスプレイには、日本チームの四人が映し出されていた。
観客席から拍手が贈られる。
福田たちは堂々と観衆に向かって手を振っていたが、友樹は恥ずかしそうに小さく手を振っていた。
ステージの光の中で、不安と期待がないまぜになり、心臓の鼓動が速くなる。
「おい、天野!」
福田が振り返る。
「緊張しすぎるなよ、いつものようにプレイすればいいんだ」
「……はい!」
友樹は深呼吸し、戦いに集中することにした。