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8. シソは使い勝手がいいのよねぇ《夢》




『お父さん、シソ摘んできてちょうだい!』

『……ああ』


 私はお勝手でお昼の支度をしながらそう叫ぶ。居間で新聞を読んでいた夫は、渋々と立ち上がって縁側から庭に出て、プチプチとシソを摘んできたらしい。顔も見ずに受け取って、サッと洗った後千切りにする。


『取ってくるの忘れてしまって。助かりました』

『……今日は冷や汁か』

『そうですよ。好きでしょう、冷や汁』


 チリンと風鈴の音がして。

 ふと、隣を見て驚く。あの人の顔はもやがかかったようでわからなくなっていた。

 ああなるほど、とそこで気づく。

 これは昔の夢なのね。

 もう先立たれて何年も経って。娘や息子はもう大人で。孫は高校生になって。多分私も死んで。何だかよくわからない世界に転生すらしているのだから。


『座っていていいんですよ?』

『……いや』

『見ていたいなら邪魔にならないところにいてください』


 そうだわ。この人はそういう人だった。

 普段興味もなさそうにしているくせに一度お勝手に入ると私の料理しているところをじっと見て。何が楽しいのだか。


『ご飯とそうめんどちらがいいですか?』

『……そうめん』

『二束でいいですか?』

『ああ』


 なんて話しながら、おもむろにごまとすり鉢を目の前に出せばゴリゴリと擦り始めた。

 ほんと、珍しい人だわ。こんなこと他所の亭主はしないでしょうに。


『……どうしたんだ』

『あらやだ、手が止まってたわ』


 胡麻を擦り終わったのか、次はサバ缶を開けてくれるらしい。

 開けてくれている間に、今朝採れたきゅうりを薄い輪切りにして、塩で揉んで。

 サバ缶は汁ごと、擦ってもらった胡麻、味噌、白だしと生姜を加える。

 水を足しつつよく混ぜる。最後にきゅうりと大葉を入れて完成。


『ええっと、お素麺は……』


 この間おひとり様二点までの特売で買ってきたのを棚から出して。

 大きめの鍋で沸騰したお湯の中にバタバタと入れる。吹きこぼれないように注意しながら茹でて、茹で上がったらさっさとザルに移して水でもみ洗い。氷を乗せて。


『はい、できましたよ』

『……ああ』


 いつのまにか居間に戻ってテレビを見ている夫に配膳しながら、テーブルを拭いて。


『いただきます』

『……いただきます』


 夏はなかなか食欲が出ないけれど、冷や汁はさらりと食べられて栄養が摂れて。夏負け防止にピッタリ。

 胡麻のまろやかさに、鯖の旨み、瑞々しい野菜がシソの独特な風味と氷でキリッと締まる。


『……うまい』

『今年も、きゅうりやしそがたくさん採れましたねぇ』


 ああ、ぶっきらぼうな美味しいが、酷く、懐かしい……。



         *



「ハッ!」

「……おい、こんなところで寝たら日射病になるぞ」


 ゆらゆらと揺らされて、何かと回りを見れば、どうやら畑のすぐそばの大きな木の下で昼寝してしまっていたよう。

 メイドが探していたとか、倒れているのかと心配したとか煩いほどにくどくど言ってくるケネス様。起きてすぐ言われましても、まだぼんやりとしているんです。ちょっと待ってくださいな。


「……今日は何が採れたんだ?」

「シソですよ、シソ」

「シソ……?」


 まったく、ここまでくると驚きを通り越して呆れてくるわ。シソも知らないなんて。


「……そんなに摘んで大丈夫なのか?」

「シソはたくさん生えてきますからね。夏の間は大活躍なんですよ」


 害虫対策は気をつけなくてはいけませんが、それ以上に有能。前世では毎年植えていたわ。また夕方になったら水をやりに来ましょう。

 ……何だかお腹空いたわね。


「今何時でしょう?」

「……昼前だな」

「ではお昼ご飯でもどうですか?」


 と言うと、少し悩んだ顔のケネス様。時間がないのかしら。


「……商談に間に合う時間なら」

「すぐできますよ。……そういえば最近よくうちに来ますけど」

「事業に一枚噛んでもらっている」


 なるほど。そういうことだったのね。

 さて、今日は冷や汁にしましょうか。何だか食べたい気分ですし。



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隣国の王太子様、ノラ悪役令嬢にごはんをあげないでください
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