69. 送り盆は家族と共に
「エミリー様……?」
振り向くとそこにはテオが。ああびっくりしたわ。てっきり昔話みたいにお化けかと思ったわ。
「こんな夜中にどうしたんですか? 煙……?」
「見つかっちゃったわね」
こっそりお勝手裏でやっていたから……そうよね、テオが寝泊まりしている小屋からは見えてしまうわよね。どうせバレてしまうなら、夕方にやればよかったわ。
「なんですか、これ」
「これはね、送り火というのよ」
「おくりび?」
テオが隣にしゃがむ。ふわふわなのにどこかゴワゴワした髪をくしゃくしゃと撫でれば、気持ちよさそうにしている。
「ご先祖様や死んだ人が、あの世まで迷わないように、おがらを燃やして火を焚くのよ」
不思議でしょうね。この世界にはない文化で、我が家にはまだ亡くなった人はいない。
「……そうなんですね」
あらあら、なんだか大人びた顔ね、なんて。
……私もつられて、立ち上る煙を見る。ああ、細いわ。
「なんでおがらなんですか? このナスは?」
でもすぐにいつもの調子に戻って、今度はなぜなぜ坊やになったテオ。知りたいっていいことだわ。
「おがらは何か知ってる?」
「麻……?」
「そう、麻の皮。麻は昔から穢れを祓う植物とされているのよ。だから、おがらを燃すの」
麻の葉紋様とかは、子供が丈夫に育つようにだとか、六芒星に似ているから魔を祓う……とか意味があるわね。
「このナスはね、精霊牛といって、ご先祖様を乗せるのよ。精霊馬もあってね。行きはきゅうりの馬で早く、帰りはナスの牛でゆっくりと」
「確かに少し牛に似てますね。こことかお腹みたい」
きゅうりは……スレンダーなところが似ているかしらね。
本当は、ござを敷いて鬼灯を吊るして盆花を飾ってお供えして……まあつまり盆棚を作って、お寺まで提灯を持っていて、火を分けてもらって……つまり迎え盆をするのだけれど。ここまで教えても混乱させるだけね。前世は前世、今は今。
できること、やるべきこと、やりたいことをやるのよ。だから、送り火。みんなでご飯はいつも通り食べましたし。
「……無事に帰れましたかね?」
「帰れたわよ、きっと」
さて、そろそろ始末をしようとしたところで大柄な人の足音が。
「あなた……」
「ゲッ、ケネス様」
「トイレで目が覚めたら隣にいなかったからな。二人とも、こんな夜更けに何をしているんだ」
「送り火ですよ、もう終わりにしますけど」
これこれこうだと説明すれば、次からは俺も呼べと。はいはい、仲間外れは嫌ですものね。
……ケンさんも、また送り火をじっと見つめていた。
「……聞かないんですか?」
「何も。したいことはすればいいだろう」
「……そうですね」
あなたからしたら、こんなことしている妻なんて不思議でたまらないでしょうに。妙なところで察しがいいんだから。
「もう片付けるのか?」
「ええ。もうそろそろ、大丈夫でしょう」
この世界で記憶を思い出して、なんだか連れてきてしまったかもなんて思っていたけれど……送り帰せたような、そんな気がするわ。
どうせなら、あの子達の元へ帰って、あの子達に見送られてあの世に戻りたいもの。そうよね、私達。
「あ、風だ」
「気持ちいいわねぇ」
「そうだな」
*
「さ、うちの中に入りましょ」
「うん」
たまに掃除をしにきてはいるけど、やっぱり、おじいちゃんおばあちゃんのいない家は、なんだか寂しい。来るとつい、畑や台所を探してしまう。
「寂しいなぁ……ん、あれ?」
今、風が吹いたような……。
「スイカ切るけど食べるー?」
「食べるー」
いや気のせい、か。




