68. 七夕と家族
66話より少し前の話となっております。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ……テオは?」
「もうバルコニーにいますよ」
そう言うとケンさんは、目をぱちくりと。
ふふふ、確かにこの世界では馴染みがないかもしれませんねぇ。
「今日はなんの日でしょう?」
「…………待ってくれ。思い出す」
あらあら随分と瞬きが多いこと。冷や汗を流して、なにか大事な日を忘れてしまったか……とでも考えているのでしょうね。
「そんなに顔を青くしなくても。大丈夫ですよ。記念日とかじゃないですから」
「……してない。ということは、行事か」
「あなたが忘れる時なんて本当に仕事が忙しい時くらいでしょう?」
前世も今も、あなたの良いところの一つよね。
「今日は七月七日。七夕ですよ」
「七夕?」
「異国の星祭りです。さ、シャワーを浴びたらバルコニーに来てくださいな。今日は星を見ながらお夕飯にしましょ」
そう言いながら鞄を受け取って、追加のおそうめんを茹でようとお勝手に向かおうとしたのだけれど……ケンさんが袖を引っ張りまして。
「エミリーは風呂に入ったのか?」
「いいえ、まだですよ。夏場におそうめん茹でると汗かきますからねぇ」
「待つから、一緒に入ろう」
基本茹でてたらすぐ食べた方がいいのだけれど。まあ小分けにすれば保ちますしねぇ。
「……変なことしませんよね?」
「………………ああ」
なんです、その間は。あなたも私もご飯が遅れてしまうんですからね。そこのところわかってます?
まあ、久々に背中を洗い合うのもいいかもしれませんね。昔は介護で、でしたけど。
「じゃあ茹でちゃいましょうかね」
それにしても、この世界のどこでおそうめんなんて作っているんでしょうねぇ。でもお米もあるわけですし、亜細亜みたいな異国があるのかしら。
たくさんのお湯を沸かして。沸騰したらお湯の中にバラッと入れる。まあおそうめんは簡単ですからね。吹きこぼしと茹ですぎに注意すれば大丈夫。二分くらいさっと茹でたら、すぐに水を切って、流水で揉んで、一口分に小分けにしたら完成。氷を置きましてね。
「さあ出来た。でも、早めに出ますよ。くっついちゃいますからね」
「ああ……」
まったく嬉しそうにしちゃって。新婚じゃないんだから……って新婚だったわ。ずっと気持ちも何も変わらないものだから、どうにも忘れちゃうのよね。
「いい湯でしたね」
「……ん、さっぱりした」
癖っ毛なんだからちゃんと拭きなさいとタオルを持って……背伸びをしても届かない。んもう、大きいんだから。なんて少し悔しく思っていると、屈んでくれまして。昔ずぶ濡れのポチを拭いていたのを思い出すわぁ。
「ああ、ちょっと待って。肝心のおそうめんを持って行かなきゃ」
星みたいでしょう、と見せながらオクラを切って、つけ汁をよそって。重いものはケンさんに持たせる。
「エミリー様! おそうめん全部食べちゃいました……。あ、ケネス様遅いです」
麦茶を飲みながら、バルコニーの椅子で足をぶらぶらさせていたテオ。随分と待たせてしまったわ。
「あれは全部テオの分だったから食べてよかったのよ。ほら、デザートのスイカ。食べるでしょう?」
「わーい」
子供らしく無邪気にスイカを頬張るテオ。塩をかける派なのね。
「……使用人も家族だからな」
「ケネス様さては拗ねてますね? ちゃんとスイカ残しておきますよ」
「そんなことはない」
さて今日の主役の星空を見ながらおそうめんを啜りまして。キリッと冷えたそうめんを熱々のお汁につけて食べるのがたまらないのよねぇ。茄子と玉ねぎ、豚バラの油が美味しくて夏バテ防止になるの。
「うまい」
「そうですねぇ。ああ、ほら天の川が綺麗ですよ」
「どんな話なんだ」
異国の神様の織姫と彦星は、働き者だったけれど、恋に溺れて仕事をしなくなり、怒った天帝ことお父様から強制的に離れ離れにされる……というのが一番有名かしら。他にも天女伝説と絡めたものもあるけれど。
「一年に一度だけの逢瀬なんて、ロマンがあるわねぇ」
「……ふん」
あら、珍しい。いつも私よりもロマンチストなのに、と驚いていると、テオがにゅっと間に顔を出す。
「ケネス様寂しがり屋ですもんねー」
「煩い。夫婦なのだから、一緒に過ごしたいに決まっているだろう」
それ込みでロマンなのだと思うけれど……。まあ、ケンさんだったら自分で船を作ってでも橋を作ってでも無理やり来そうね。
「うふふ。何はともあれ、晴れてよかったわ」