63. 梅酒と共に
「ただいま……」
「おかえりなさい。あら今日は随分と早いですね」
梅雨とはいえ穏やかな昼下がり。ケンさんが急に帰ってきまして。
「取引先やら従業員に気を遣われた」
「ここ数日ご飯以外に帰ってこれないくらい忙しかったですものねぇ」
「……すまない」
これが若い夫婦だったら新婚早々大喧嘩ものだわね、とケラケラ笑いたくなるのを抑えつつ。まあしょうがないもの。代替わりをしてしまえばどこも忙しくなるのは宿命。逆にご飯だけとはいえよく帰ってこれましたねという感じですよ。
「それで、竹串と……梅でなにをしているんだ?」
「見ての通りヘタを取っているんですよ」
私のお勝手にいる癖も、お勝手に直行してくるケンさんも変わらず、実家にいた時とあまり変わらない絵面。
「……俺もやる」
「お仕事で疲れているでしょう?」
「やる」
「はいはい、わかりましたよ」
言い出したら聞かないので、素直にもう一本竹串を持ってきてあげまして。
事情が事情だからしょうがないですけど、流石に過労で倒れても不思議じゃないですし、これが終わったら強制的に寝かしつけましょう。そうしましょう。ええ。
「……結局何を作っているんだ?」
「梅酒ですよ。梅酒。今年は間に合わないかとも思ったんですけどギリギリ大丈夫そうだったので」
実家の梅がまだ青くて梅酒にしても大丈夫そうだったのもあります。
ああ、そういえば孫が梅シロップを炭酸で割ったのが好きだったわねぇ。まだありますし、完熟したら梅シロップにでもしましょうかね。
「梅酒……」
「作り方は簡単ですよ」
傷がなくて艶のある青梅を用意して。梅のヘタ……黒い部分をほじくり出してから洗う。洗ったらしっかり拭くこと。水気は厳禁ですからね。
「……細かい作業好きよねぇ」
「性分なんだ」
そうしたら瓶を煮沸消毒する。保存食を作るときはいつも大事。ジャムでもなんでも。
「なんだそれは」
「氷砂糖とホワイトリカーですよ」
「ほぉ……」
あとは梅、氷砂糖の順番で交互に入れて、上からホワイトリカーを注ぐだけ。
「はい完成」
「……これはいつ飲めるんだ?」
「早くて三ヶ月後、長くていつまでも」
というわけでラベルに今日の日付と……引っ越し記念って書いておきますかね。ふふ。
こういうところも、梅酒の楽しみというもので。庭に梅の木も植えようかしら。しばらくは実家のを使って、育ったらうちので作ればいいわ。
「楽しみだな」
「ええとても。これから家族が増えて、これは引っ越してきた時の梅酒だなんて話して飲んだりするんですよ、きっと」
「……家族が、増える」
何をきょとんと。やることはやっておいて。まさか忘れてたんじゃないでしょうね。
ちなみにこれは妄想ですけどありえる話ですからね。実際前世で子供や孫たちと梅酒飲んでますから。
「増やして、いいのか?」
「いや、増やさないと困るでしょうに。あなた長男でしょう?」
「それはそうだが……その……」
何をもじもじしてるんですか。十代でもあるまいし。まあ私はついこの間まで十代でしたが。いやでもその前は八十代だったわね。関係ないか。
「……とりあえず、この作業は終わりなのか?」
「ええ。あとは冷暗所で保管して……」
「俺が持っていく」
まあわかりましたけど……。あのですね、まだ日が沈んでないことだけは伝えておきますからね。というかあなた疲れてるんだから休みなさい。




