62. お義母様、参戦
「今お湯を沸かしてきますねぇ」
「……え? もしかして使用人がいないの?」
「エミリーが嫌がったんだ」
……そんなにじっとり見てこないでくださいな。だって必要ないでしょう? そりゃ大掃除の時くらい人手は欲しいですけどそれ以外だったら事足りますし。そもそも貴方が私の作ったご飯を食べたいって言ったのでしょう。
「オレがいますよ!」
「テオ、お前どうしてここに」
玄関からひょっこり入ってきたのはテオ。今日は別の仕事をしていると聞いたのだけれど……。
「オレはエミリー様にお仕えしたいんで!」
「誰が拾ったと……」
「オレを拾ったケネス様の奥さんのエミリー様に仕えたっておかしくないでしょう?」
いや多分おかしいのだろうけど……。なんだかこの感じ懐かしいわ。昔飼っていた犬もあの人じゃなくて私に懐いていたわね。まあ十中八九面倒を見ていたのが私だからでしょうけども。賢くてめんこい犬だったわぁ。
「はぁ……まあいい。それで、何をしにきたんだ」
「大奥様をお連れしました」
「は?」
……大奥様、つまりはケネス様のお母様、そして私にとってのお義母様。
ちょっと待ってくださいな。どういうことです?
「……馬鹿娘を回収しにきただけだからすぐ帰るよ」
「ゲッ」
「あんた学園サボって何やってんだい!」
のっそりと現れたのが熊のような体格のご婦人。もちろんケネス様と同じ黒髪に瑠璃色の瞳。そしてなにより気になるのが歴戦の強者感がある手。こりゃ只者じゃないわね。太く威圧感のある声が伯爵領に響きまして。
……兄弟喧嘩の後は、肝っ玉母ちゃんのお説教ときましたか。ははぁ、これは予想外だわ。
「ミアときたら油断も隙もあったもんじゃない!」
「だぁって、兄坊のお嫁さんだよ!? 気になるじゃない!」
「それはずるける理由にはならんがね! さあ学園へお戻り!」
「うぅぅ!!」
ひゃー、こりゃ凄いわね。私もこのくらい強く生きたいものだわ。どのくらい修練を積めばいいかしら。とりあえずあと二、三回人生を繰り返さないとダメね。
「真似しなくていい」
「あらどうして」
「……とりあえずやめてくれ」
その間にお茶を沸かしてきて。
そのまま傍観していると事は済んだらしく、ミアさんはすごすごと帰っていったのでした。勉強頑張ってくださいね。
「改めてうちの馬鹿娘がすまないね」
「いえ、こちらこそなんのお構いもできず……粗茶ですが、よろしければどうぞ」
「ああ、ありがとう」
先ほどの説教姿からは想像もつかないくらい優雅だわ。さすが伯爵家の奥様。そして顔色を失っているケンさん。どうやら苦手らしい。
「うちののぼけた息子なんかと結婚してくれてありがたいわ。何かあったら相談してちょうだいね。絶対ケン坊が悪いから」
「そんな……逆に私にはもったいないくらい良い夫で」
「いやいや謙遜で言ってるんじゃないのよ。この朴念仁ったら私の父親……爺さんにそっくりで言葉が足りないから」
なるほど、見た目以外似てないとは思っていたけれど隔世遺伝でしたか。うちも孫の一人があの人にそっくりだったわねぇ。
「さて、お茶もいただいた事だし私は帰るよ。見送りはいらないからね」
「……大奥様はケネス様のこと心配しないんですか?」
「出たもんは当てにならないからね。自分でどうにかしなさい。ただ、お嫁さん泣かせるんだったら私は容赦しないからね」
肝に銘じておくこと、と圧をかけられ一瞬縮こまったケンさん。だけども、すぐにしゃんと背筋を伸ばして。
「泣かせるわけがないだろう。この世のなによりも大事だ」
と真顔で言い放ったものですから。ちょっと私をトマトにする気ですか!?
「漢ならその言葉を忘れないように」
はぁ……こんな調子で二度目の新婚生活大丈夫かしら。とりあえず、義実家が愉快で心強いのはわかったけれど。