60. 引っ越しって大変なんだな
「だから何度言えばわかるんだ」
「はい?」
「女性だと自覚してくれそろそろ」
エミリーは肥料の袋を三つも持って堂々と闊歩していた。自分の体格くらい理解して欲しい。よく後ろに転ばないな。
肥料の袋を奪い取って、荷馬車に乗せた。
「私がいつ自分のことを男性だと言いました?」
「そうじゃない。自分の力量くらい把握しろと言っている」
「してますよ! そんなか弱いお嬢さんと一緒にしないでくださいな」
「ほぉ?」
売り言葉に買い言葉とはまさにこういうことだと思う。怒った勢いのまま片手でエミリーを持ち上げる。軽い。軽すぎる。飯は食っているはずだが。
「あら高い。すごいわぁ」
「呑気だな。ここまで軽くて自分はか弱いお嬢さんじゃないとかよくいえることだ」
「そりゃあなたに比べれば軽いに決まってますよ」
「その重い俺に運ぶように言いつければ済む話だろう?」
そう言うとエミリーは目をぱちくりさせたあと、したり顔で笑う。ああ、嫌な予感がする。
「なぁんだもう、ただ頼って欲しかっただけですか。素直にそう言いなさいな」
ほらこうだ。何なんだその余裕は。俺よりも年下で尚且つ交際経験もないはずなのに、人妻相手に商談している気分になる。
「はいはい、わかりましたよ。頼ってあげま…………なっ!!!!」
「やっと黙ったか」
余裕な顔をしていたかと思えば接吻しただけでこれだ。真っ赤になって萎む。
残念だったな。俺にはもう術がある。結婚してしまったんだ。何をしても不埒な男扱いはされない。勿論、時と場合は選ぶつもりだが。
「……さてはあなた相当浮かれてますね?」
「浮かれていないエミリーがおかしい」
そもそもなんでそんなに慣れているんだ。
あとそんなに見るな。拗ねて子供のようだとか言うんだろう。俺は子供じゃない。
「ふふっ、しょうがないんだから。そろそろ降ろしてくださいな。浮かれぽんちな旦那様をこき使えなくなりますからね」
「……このっ」
「んー?? ほらほら、頼って欲しかったんでしょう?」
はぁ……。
軽くため息をつきながらすっと降ろした。
そのまま言われた通りに持って運んで動いて。自分でそうしろと言ったくせになんか癪だ。テオが「もう尻に敷かれてるっすね!」と嬉しそうに言ってきた。黙れ。
「さ、これで粗方終わりましたかね」
「ほとんど畑道具だな。苗だのくわだの……」
「ちゃんとドレスとかもありますよ。ほらケンさんが下さったやつとか」
「それ以外ないのか」
相変わらず男爵令嬢だとは思えないな。農夫の娘か何かか。
まあいい。やっと新居に向かえる。
移動用の馬車に乗り込んで、御者に出発するように伝えた。
さて、問題はここからだ。うちの家族は少し……いやかなり変わり者が多い。エミリーほどではないが……うん。大丈夫だろうか。
悩んでいるうちに別邸についた。
「はー立派な別邸ですこと。うちの本邸と同じくらいじゃないですか」
「一応伯爵家だからな。本邸の案内は追々する」
「挨拶に行かなくていいんですか?」
「荷物を運んで一息ついてからにしよう」
そうでもしないと、疲れて荷解きどころじゃなくなる。正直会わなくていいなら会いたくないんだが……そういうわけにもいかないだろう。
「じゃあちょっと苗を置いてきますね。一番大事ですから」
「あ、ああ」
悩んでいてもしょうがない。俺も荷物を運ばなくては。そうドアに手を伸ばした時だった。
「おっかえりーーー!」
畑予定の庭から響いた聞き覚えのある声。さっそくやらかしてくれたらしい。最悪だ。
俺は深いため息をつきながら庭に向かった。




