59. 結婚式ってなんだかこそばゆいわ
「エミリー、入ってもいいかい?」
「ええお父様」
今日は”ケネス様“と”エミリー“の結婚式。
ついさっきまで畑で水をやっていたのが嘘のよう。いよいよだわ、なんて思っていたらもう当日で。今あれよあれよと朝から磨かれて移動させられて着せられて化粧されて……。これ現実かしら。夢ね。いや現実だわ。
「何を自問自答しているんだい」
「あらっ!? ごめんなさいお父様」
せっかくの晴れ姿を見せなくては、と振り返れば綺麗にレースが揺れまして。
お父様は目が合った瞬間、泣きそうな顔をしました。
「……ああ、そうか。エミリーもお嫁に行くのか」
「何を今更」
「いや……よかった。本当によかった」
私を男手一つで育ててくれたお父様。こんな、畑仕事の好きな私を、野菜のように愛情を持ってのびのび育ててくださったのよね。
「一時期は嫁の貰い手なんて農夫くらいしかいないんじゃないかと思っていたこともあったが……」
「いいですねぇ、農夫」
「エミリー」
冗談ですよ、冗談。
あの人としか結婚するつもりはございません。こんなに大事な人は、あの人以外見つかりませんから。
「お父様、育ててくださって、ありがとうございました。けれど、そろそろ収穫しませんと食べ頃を逃しますよ。人にあげるなら尚更」
「もうそんな時間か。あと、その言い方はやめなさい。伯爵夫人がそんなのだと笑われてしまう」
軽口を叩きながらお父様の腕に手を置きました。お父様のエスコートなんてデビュタント以来じゃないかしら。これで最後なのね。
「さあ行こう」
「ええお父様」
聖堂のドアが開くと、そこにはずらりと人が。さすが伯爵家、ご親戚も多いわぁと見ればそこには見知った顔こと殿下もいらっしゃいました。反対側にはシャーロット様やステラさん、ルカにウィリアム様が。私も知り合いが増えたわねぇ。
「エミリー」
そして、教会通路……バージンロードの正面で、ケネス様が。
はー、ちゃんとした格好だともう凄いわね。ハンサムすぎるわ。これ、招待客の人が惚れてしまうんじゃないかしら。
「このおてんば娘を、よろしく頼むよ」
「はい」
そんなことを考えているうちにお父様が離れ、私はケネス様の横に並びまして。
「綺麗だ」
「ケネス様もハンサムですよ」
「はんさむ?」
その後、まあなんやかんや祈ったり歌ったり。私の歌があまりにも下手くそなものだからケネス様ったら笑うのを堪えるのに必死になって……失礼な!
「ケネス・ウォード伯爵令息、エミリー・カーレス男爵令嬢。お二人は自らすすんで、この結婚を望んでいますか」
人の良さそうな司祭様がそう仰いまして。ああ、これが聞いていた結婚の意思の確認ってうやつですか。これ政略結婚で嫌だったらどうするのかしら。
「「はい、望んでいます」」
「結婚生活を送るにあたり、互いに愛し合い、尊敬する決意を持っていますか」
「「はい、持っています」」
「あなた方は恵まれる子どもを、まことの幸せに導くように育てますか」
「「はい、育てます」」
これ今だったらまたはら? ってやつじゃないの。昔テレビで見たわよ。
「それでは、神と私たち一同の前で結婚の誓約を交わしてください」
「新郎ケネス・ウォード。 貴方はここにいるエミリー・カーレスを、悲しみ深い時も喜びに充ちた時も共に過ごし 愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」
「誓います」
大きな声で答えるケネス様。あなたそんな大きい声出せたの? いや、健二郎さんのときも変な時に大きな声でしたねそういえば。
「新婦エミリー・カーレス。貴女もまたここにいるケネス・ウォードを、悲しみ深い時も 喜びに充ちた時も共に過ごし 愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」
「誓います」
ずっとそうしてきましたもの。エミリーでも、また違う人でも、何度生まれ変わってもそうしますよ。
「では誓いのキスを」
「……目くらい瞑ってくれないか」
「あら、ごめんなさい」
辿々しくて初々しいキス。
キスなんていつぶりかしらね。前世振りかしら。あなたは厳しいから、婚前交渉どころか睦み合うのさえ許せないのよね。
「愛していますよ、あなた」
「……ああ、愛しているよ」
……あなたが愛してるっていうなんて。
ふふっ。私たち、また夫婦になってしまいましたね。




