57. さやえんどうは筋を取らなきゃ
「結婚式の招待客についてなんだが……」
「ただいまくらい言いなさいな」
といいますか、さも普通かのようですが、ここはお勝手ですよ?
いやまあ、使用人の少ない我が家では基本私しかいませんけど。正面玄関から入ったら時間がかかるのも分かりますけども。
「いや……ここは俺の家ではないからただいまはおかしいかと思ってな」
「ただいまは「ただいま帰りました」って意味なんですよ」
「なるほど。確かに俺の帰る場所はエミリーだ。言うべきだったか」
なっ!!! そういう意味ではなくてですね。
そんな真顔で恥ずかしいこと言わないでちょうだい。手元が狂ってしまうでしょう!?
「それで、今日は何をしているんだ」
「何って、さやえんどうの筋取りですけど」
今朝採れたさやえんどうがこちら、と見せれば、首を傾げるケンさん。
「今日食べるには量が多くないか?」
「そりゃ全部は食べませんよ。長持ちさせるコツです」
さやえんどうは日持ちしない野菜で、保ってニ、三日。すぐにカビが生えたようになってしまいますし、冷蔵庫に入れてもしなってしまう。
だから、こんな風にお尻側を少し折って、ガク側に引いて。ガクに近くなったらガクごと折って、下の筋を取る。
「ほらこうやって」
「俺もやる」
「あなたもまめまめしい作業好きですよねぇ」
不器用なくせに昔からそう。梅酒を作ろうと梅に穴をあけるのだって、栗の皮剥きだって。
ああ、大根をおろすのだけは断ってましたね。勢いよく擦るものだから辛くなっちゃって。子供達が食べづらくなってしまうから。
「それで話を戻すんだが」
「ええ招待客の件でしたっけ」
「とりあえず殿下からは呼ぶように圧をかけられてる」
凄く嫌そうに言うケンさん。
ああ、目に浮かぶわ。必死に嫌だと言いながら押されているケンさんと来る気満々の殿下の言い合いが。
「エミリーは呼ばなきゃいけない人はいるか?」
「そうですねぇ。とりあえずシャーロット様と、ステラさんと……」
ルカとウィリアム様も呼ぶべきかしら。学園ではお世話になりましたし。
「学園で関わりの深かった者は呼ぶつもりでいる」
「あら、他人との交流が嫌いなくせに珍しい」
「見せつけるのにちょうどいいからな」
……しれっと言わないでちょうだい。最近火力が強すぎますよあなた。いつからIHになったの。あなたはガスコンロだったはずですよ。
「他はいないのか」
「派閥争いに巻き込まれぬよう生きるのに必死でしたからねぇ。男爵家はすぐに罪をなすりつけられちゃうから」
「つまり学友がいなかったと」
そんなあけすけに言わなくてもいいじゃないですか。その通りですけど。これでも昔は女学校で友達がたくさんいたんですよ。貴族社会とは合わなかっただけです。
「その方が助かるがな。……変な虫もいないだろう」
「あのねぇ……まあいいです。あなたこそいないんですか」
「いると思うか?」
「いえ全く」
だってあなた第一印象最悪だったでしょうし。そもそも今この体になったのが奇跡なのでは? いやでもあの人だったときも骨皮筋右衛門から今みたいになったわね。そういう運命なのかしら。
「あと決めるのは、うちに嫁ぐ日だな」
「この台所や畑と別れる日がくるのねぇ……寂しいわ」
たくさん作ってたくさん食べた思い出の場所だもの。あと嫁入り道具として持っていきたいものが多すぎるわ。
「それなんだが、別邸に住まないか?」
「どういうことです?」
「俺はエミリーの作った野菜と料理が食いたい。だが、本邸では両親や弟妹がいるし畑を作れそうなスペースがない」
伯爵家にそんな場所あったらびっくりですよ。……ああでも確かにそれは困るわねぇ。
「だから、別邸に住むのはどうだろうか」
「私もそうしたいですね」
「決まりだな」
なんてこれからについて話していたらいつのまにか筋取りが終わって。
「じゃあこれで炒め物でもしましょうかね」
「楽しみだ」




