45. ばれん……たいん?
「エミリーさんは今年どうしますの?」
「どう……とは?」
「色々あるじゃありませんか! 出かけるとか、チョコをプレゼントするとか!」
はて……どうしてそんなことを?
時は過ぎまして二月。節分なども終えまして少々まったりした雰囲気。一月中はそれはもう忙しくて……といいますか私が恥ずかしくてあまり家に呼べず……。
そんなまったり相談室にシャーロット様とステラさんの声が響きました。
「バレンタインですわよ!?」
「そうですそうです!」
ばれん……たいん……? ああもうそんな時期なのね。いつのまにか大きな行事になってたわよねぇ。スーパーに行っても百貨店に行ってもばれんたいんふぇあとかで。
「ウォード伯爵令息に何か渡しませんの?」
「絶対ケネス先生いっぱいチョコもらいますよ!?」
まぁ、でしょうねぇ。あの人随分と見目が良くなったもの。あのよくコマーシャルに出てきてた結果にこみっと……とかもびっくりなくらい。
でも大丈夫かしら。違うってわかっているけれど……あの人“は”、極度に甘いものが嫌いだったはず。
「私は、殿下に渡しますわ!」
「一緒に作るんですよ! 私も友チョコいっぱい作ろうと思ってるんです〜!」
キャッキャとはしゃぐ二人。若いわぁ。
婆には無縁の行事だとは思うけれど……最近お呼びできなかったお詫びにでも。
「私も何か作りましょうかねぇ」
*
「さて、ここによく育ったみかんと、チョコレートがある」
チョコレート菓子の作り方なんてわからない、と溢したらシャーロット様が教えてくださった簡単なレシピを手に悩みまして。おらんじぇっとなんて聞いたことありません。
まあ……無農薬だからできないこともないけれど。
「作って、まずかったら私が食べればいいわね」
まずはよく洗ったみかんを薄く切る。砂糖、蜂蜜、水をフライパンに入れて煮溶かす。癖であの人用の甘さにしてしまったけれど……まだ渡すわけではないですし。
そうしたらそこにみかんを並べて、落とし蓋をして十五分ほど煮る。
「そうしたら、これを……」
オーブンで片面ずつ焼く。透明になればよし。
あとはチョコを湯煎して、漬けて、冷やせば完成。
「ふぅ……」
「何を作っていたんだ?」
「ああ、これはおらんじぇっととやらをです……ね……いつのまに!?」
なんだか懐かしい声に聞こえてそのまま答えてしまったら……。
驚いていると、しれっと「畑にいないからこっちかと思った」だなんて言われまして。
「バレンタインか。誰に渡すんだ?」
「だ、誰でしょうねぇ」
「……エミリー」
体がゾワっとして、バッと遠ざかってしまいます。最近恥ずかしくて呼べなかった理由のひとつがこれ。なんでしょう、この、低くて優しい、とろりとした声が、耳に悪いのです。今までこんな風になんて呼んだことないくせに。なまじ誰かに似ているせいで妙に意識してしまって。
「何かしたか?」
「いいえ何も」
「で、誰にあげるんだ?」
あ、圧が。圧が凄いですよあなた。まあ、そんなにされてまで隠すことじゃありませんから言いますけど。
「ぁなたです……よ!」
「そうか」
どうしてこんな声が変に……。
こちらがよくわからなくなっているのに、なんだか満足そうに不敵な笑みを浮かべていますし。
「もうチョコが冷えたんじゃないか?」
「あら本当、冬は早いわぁ」
「くれ」
あ、と口を開けられても……あら、私どうしてあんなホイホイと口に入れられてたのかしら。そんな雛鳥みたいに……あげてしまうでしょう?
「はい、どうぞ」
私ったら調子がおかしいわ。どうしたのかしら。
あら、口の傍にチョコが……とハンカチで拭おうとすれば、ペロリと舐めまして。まあその方がもったいなくないかもしれませんが……。
「うまいな」
「……あなたが美味しいって言った!?」
「これは野菜じゃないからな」
私の驚きを返してください。まったくこの頑固者! いじっぱり!
「それより、呼んでくれないのか?」
「な、何をです?」
「エミリーが、決めた呼び方だろう」
うっ……。
痛いところを突かれたわ。呼べなかった理由二つ目。
愛称で、呼ぶのが、恥ずかしいのよ。だって……。
「なぁ、エミリー?」
「ケ、ケンさん。っこれでよろしいですか!?」
「……ああ」
昔、恋人と言っていい頃の、あの人の呼び方と同じなんですもの。これ以上婆の良心を傷つけないでちょうだい!?
「何か言いました?」
「いや……」
?




