38. これで一件落着かしら
「その……相談したいことがあってっ!」
あらあら、まさかおばあちゃん子さんの次は事の発端、ステラさんだなんて。
薄ピンク色の髪に、茶色の瞳。なんだかとってもチャーミングね。
「まあまあ、急いでるの?」
「い、いえ! そう言うわけでは……」
「それはよかった。今お茶を淹れ直したところなのよ」
そういうと、素直にちょこんとソファーに座る。
なんでしょう、触覚みたいなのがぴょこぴょこ動いて……個性的な子ねぇ。見るからにソワソワしてるわ。
「ああ、まだ自己紹介をしていなかったわ。私はエミリー・カーレスと申します。好きな風に呼んでちょうだい」
「えと、エミリーさんで」
「私はステラさんと呼べばいいかしら」
「あ、はいっ」
新入生みたいな初々しさだわぁ。
お茶を出せば、スッと全部飲み干してしまう。ああ、なるほど。これはシャーロット様が怒るわけだわ。
「一時間目は何の教科だったの?」
「……薬学だったんですけど……それが、その、怒られてしまって」
世間話のつもりが内容に触れてしまったようで。感情と一緒にしょもんと萎れる触覚。
「……私が平民出身だから」
「平民出身だからダメだって怒られたの?」
「……礼儀作法がなっていないって、それで、見苦しいからって言われて、授業を飛び出してきてしまって」
あらまあ。凄いすれ違い。
きっと、シャーロット様も落ち込んでるわね、今頃。
「図書館の隅で落ち込んでいたところに、ここの離れが目に入ったんです」
何かの物語みたいだわ。って乙女げぇむの世界じゃないの。これもお話し通りなのかしら。
「なるほどねぇ……。みんなの前で、怒られてしまうのは堪えるわよね」
「っそうなんです!」
「でも、理由は本当に平民だから?」
そういうとステラさんはきょとんとした顔になる。まあ、わからないわよね。
「ここの入学試験は大変だったでしょう」
「え? はい! すごく大変だったんですけど、受かれて本当に嬉しいんです!」
「たくさんお勉強したのね。凄いわぁ」
お茶の追加を注ぎまして。
「でもね、ここは貴族の方々が多く通う学園でしょう?」
「はい!」
「だから、本当は礼儀作法のお勉強も必要なの」
私もケネス様と結婚したら社交会でのマナーとかを学ばなきゃいけなわよねぇ。憂鬱だわ。
「だから、シャーロット様は怒っていらっしゃったのよ」
「……でも、どうやって学べば」
「それを教えてあげたくて、注意してくださったのかもしれないわよ。それに図書館だってあるわ」
あんまりピンときていないようなのも無理はないけれど。このままじゃきっとシャーロット様が悪者にされてしまうわ。
「逃げ出したくなる気持ちもわかるけれど、もう少しだけ、お話ししてみた方がいいかもしれないわね」
そう伝えると、ステラさんは俯いてボソッと呟いた。
「……怖いんです。シャーロット様って、目が吊り上がってて、いつも私を見てきて」
「人のことを印象で決めつけちゃもったいないわよ。ケネス様なんて、会った時はもう凄かったんだから」
私も若い頃、女学校時代に、見た目で底意地が悪そうだって決めつけたことがあったっけ。話してみたら案外いい人で、友達になったのよねぇ。
「凄かったって……?」
「何を言っても返事がなくて、喋ったと思ったら声が小さくて、おまけにあまりの太っちょさで椅子を壊したのよ」
懐かしいわぁ。うふふ。そう考えると随分と短期間で変わられたわねケネス様。
「でも話してみたら──」
「エミリーさんっ! 聞いてくださいましっ!!」
突然ドアがバタンと開けられまして。金糸を揺らしながら勢いよく入ってきたのはシャーロット様。神がかったタイミングだこと。ちょうど午前の授業が終わったところなのかしら。
「私教えようとしましたのにっ! 泣きながら逃げられ……て……」
「え!?」
「なっ!!」
顔を見合わせる二人。
「ほらね、言ったとおりでしょう?」
これで一件落着かしら。さて、私はそろそろケネス様とお弁当にしましょうかね。