37. まさかのおばあちゃん子でしたか
「……貴方も大変ねぇ」
「殿下には……困らされている」
「今お茶を淹れますからね」
そもそも人に無理やり連れてこられて相談もなにもないわよね。私は不器用ですし、恩を売るなんてできません。普通に世間話でもしましょう。
あまり使われていなそうな離れなのに掃除がしっかりされていて、棚にはティーセットが。うちから持ってきた茶葉よりずっと上等だわ。
「いや、今すぐ教室に戻るから必要ない」
「あら、もう用意し始めてしまいましたのに……残念だわ」
「……っ少しだけ……なら」
あら、案外断れないタチなのかしら。
コポコポとお茶を注ぐ音と、木立が揺れる音だけが響きまして。今日も平和だわぁ。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてくださいね」
「うん、ありがとうお婆さ……ま…………っ!?」
あら、あらあらあら??? これは、もしや?
みるみると真っ赤になっていくウィリアム様。
「その、ちがっ、違くて!」
「いいのよぉ、私お婆様に似ていたの?」
「別に、そういうわけじゃっ」
「どんなお婆様なのかしら。よかったら、聞かせてちょうだい」
なんてお茶を飲みながら言うと、ウィリアム様は少し脱力した様子。
「……笑わないのか? 祖母に育てられた侯爵令息だって」
「どこに笑うところが? 貴方主席なんでしょう? 素晴らしいお婆様なのねぇ」
笑うとか笑わないとか、あれかしら。思春期に母親と仲良いのが恥ずかしいと思うやつ。別になんでもないのにねぇ。うちの孫なんて嬉しいことにしょっちゅう家に来ていましたよ。
「っそうなんだ! お婆様は聡明で、優しくて、刺繍が上手くて」
「うんうん」
嬉しそうな顔。素敵なお婆様だったのねぇ。
「私を庶子だからだなんて決めつけず、聞けばなんでも教えてくれた」
「ええ、ええ」
「そんな……尊敬する……お婆様……だったんだ」
ってあら。急にそんな、ボロボロ泣き出して。どうしたの。
ええと、ハンカチハンカチ……やだ手拭いしかないわ。
「お婆様……思い出さないように……して……いたのに」
「ごめんなさいね」
「もう……いないんだ……」
泣かないで、と言いたいけれど……泣かせてあげた方がいいわね。泣ける場所がなかったのでしょうし。
「な、んで……逝っちゃ……」
私も、ここにいるっていうことは、死んだのよねぇ。おそらく。あんなに急に死んで、悪いことしたわぁ。孫たち……特にあの子なんて泣かしてしまったかしら。成人式も、結婚式も見たかったわぁ。
「……本当は、逝きたくなんてないのよ。これだけはわかるわ」
「…………っ」
「貴方の卒業姿も、お嫁さんも、見たかったと思うわ」
でも、子供や孫が成長するってことは、私たちが老いることなのよね。
「貴方のお婆様も、泣いて欲しくなんてないと思うけれど、でも泣いてすっきりするなら、たくさん泣いてちょうだい」
「…………う゛ん」
そうして一時間目が終わる頃、泣き腫らして目元が真っ赤なウィリアム様が出来上がりまして。少し軽くなっていたら、嬉しいわねぇ。
「殿下に、バレていたのだろうか」
「さぁ? どちらにせよ、すっきりしたならいいんじゃないかしら」
「……またきてお話ししてもいいか?」
「ええ、いくらでも。今度は美味しいお茶菓子も用意しておきますからね」
そういうと安心したように、ウィリアム様は二時間目に向かいまして。
ノックが聞こえたのは、まさかこんなことになるなんてと思いつつ二杯目を淹れた時でした。
「はぁい、どうぞ」
「失礼します。ステラ・スチュワートと言います」
あらまぁ。