33. お鍋の締めはどうしましょう
「それにしても疲れすぎじゃありませんか?」
「…………新事業が軌道に乗ってきたところなのが救いだ」
死にかけのように低く小さい声で返しながら黙々とお鍋を食べる姿は見ていて堪えるわね。お仕事のことは思い出させない方が良かったかしら。
「……それよりも学園の方が不快だ」
「まあ子供に教えなきゃいけませんからねぇ」
女生徒に囲まれているらしいですし。あれかしら、伯爵家との繋がりを作りたいとか?
「……あれだけ馬鹿にされていた場所で、手のひらを返されると調子が狂う」
「ああ、なるほど」
噂話に疎かった私でさえ聞いたことがあるのだもの。相当酷かったことは想像に容易いわ。
ケネス様は鍋で心が緩んでいるのか、ポツポツと話してくれる。
「俺を疎んでいた輩の兄弟が、擦り寄ってくるんだ。不愉快でしかないが、教師がそれで差別してはいけないだろう」
「うんうん」
「こうも見た目が変わるだけで、見合いをなかったことにしてきた家が、すでに婚約者がいる身でも近付いてくる」
「それでも頑張っているケネス様は偉いですよ」
はー、それは精神的な負担が大きいわねぇ。この人、男性よりも女性の方が苦手でしょうし。
ってあら、鍋にもうほとんど具がないわ。そろそろ締めかしら。二人用とはいえケネス様もいらっしゃるし、と一、二人前くらい多めに作ったのだけれど。
「あなたまだお腹入ります?」
「あ、ああ。少しなら」
「じゃあ、おうどんとご飯どっちになさる?」
「………何をしようとしているんだ?」
あらいやだ、そうよね。そもそもお鍋の文化自体ないんだもの。締めなんて知らないわよね。
「スープに一工夫加えて、最後まで食べるんですよ。おうどんの方が少し軽いかしら。お米だったらおじやね」
「軽い方で」
「はいわかりました」
そう言って鍋を持とうとすれば、パッと持ってひたひたと着いてくる。座っていていいのに。これも伯爵家の教育の賜物なのかしら。お姉様がいらっしゃるから? 考えてみると私ったらもうすぐ義実家になるというのにまったく知らないわね。
「……うどんってなんだ?」
「うどんっていうのは小麦に水を加えて練り合わせてできた麺のことですよ」
「聞いたことがないな」
いつも輸入している国にもなくて、私も自分で作っているのよねぇ。材料さえあれば案外簡単に作れるから困ってはいないのだけど。冷凍うどんが懐かしいわぁ。
まあ、今日は作り置きですけども。冷蔵庫……井戸の中に入れておけば三日くらいなら大丈夫。
「フォークに巻くには太すぎないか?」
「パスタみたいに食べませんから。すすって食べるんです」
さて、鍋に出汁とうどんを加えて煮まして。薬味にネギをちょちょいと足したら完成。さすが締め。早いわぁ。
「さ、食べましょうか」
「ああ」
うん、ちゃんと美味しいわ。
うどんの作り方は、まず薄力粉に塩を溶いた水を足しながら練る。そぼろみたいになってきたら手で押しまとめる。ここで必要に応じて水を混ぜて調整。粉がつかなくなったら、今度は打ち粉をしてよく混ぜて。
生地がしっとりするまで休ませたら、まな板に打ち粉をして伸ばす。いい感じの厚さになったら生地に打ち粉をして折って。切って、ほぐしたら、つるんと自家製うどんの完成。
このお野菜やお肉、具材の旨みたっぷりの残り汁と一緒に食べるっているのがいいのよねぇ。
「……満足した」
「締めはそういうものですよ。あ、おみかん食べます?」
「もらう」
果物は別腹よね、とおみかんを渡しまして。
すっかりポワポワしているケネス様。
「生徒といえば、少し変わったのがいる」
「へぇ……どんな」
「平民出身なんだが好成績で人望もある、あと目立つ」
それは凄いわねぇ。きっとご両親の育て方がいいんだわ。
「ただ……平民出身だからか、距離が近い。殿下の婚約者が怒っていて少し怖い」
「まぁ、シャーロット様は生粋の貴族ですものねぇ」
殿下自体はあまり気にしなそうだけれど。今度のお茶会でゆっくり聞いてみましょう。乙女心は複雑だものねぇ。
────これが主人公と悪役令嬢のイベントだということを、エミリー、もとい恵美子は知らない。