31. うちのお嬢様はおかしい
どうもこんにちは。カーレス家メイドのアンナと申します。
カーレス家は田舎の男爵家だからか、使用人の数は少なく穏やかな職場です。男爵様もお優しく、荒げた声なんて聞いたこともありません。
しかし例外というか規格外というか……。
「あら、おはよう。いい朝ねぇ」
次女のエミリーお嬢様は少々変わり者だったりします。
私達使用人の始業時間にはもう起きている上に畑仕事までしています。そもそもご令嬢が畑仕事ってどういうことなんですか?
男爵様に聞いても、『昔からこうなんだ。気にしないでくれるかい』と一言。顔に泥をつけている貴族のお嬢様を気にするなって難しいですよ。
「うーん。ずっしりしていていい白菜だわぁ」
そして野菜をよくお裾分けしてきます。使用人に野菜をくれるお嬢様なんて聞いたことがありません。しかも家族構成と育てている野菜まで気にして。農業領地だから野菜のお裾分けは大抵困るのですが、そこをうまーくいい感じに使える野菜なところがさすがカーレス家のお嬢様というか特殊能力と言いますか。
お嬢様の部屋に掃除に入れば、ベッドメイキンングはきちんとしてあって、床に埃が一切ない。もはやすることがない。
『どうしてここまで……』
『部屋の乱れは心の乱れなのよ』
とニコニコ笑われていたのが忘れられない。すみません、未だに意味がわかりません。
なのに謎の説得力があるせいか妙に納得してしまうのです。意味はわからないのに納得、なんておかしいのでしょう。
『あらまぁ』
お嬢様の謎はまだまだあります。『おっこいしょ』など妙な言葉をたくさん使います。知らない言葉なのになぜか懐かしいので少しむずむずします。
『破けたのなら後で縫うから大丈夫よ。捨てるなんて勿体無い』
物欲がなく一切着飾らない。
せっかくの綺麗な髪を三つ編みで後ろに一つでまとめてあげて、陶器のようにすべやかな肌なのに化粧もしない。いつも動きやすい服に麦わら帽子、おまけに常に首にかけているのはタオル。
『そのくらいの失敗で自分がダメだなんて思っちゃダメよ』
一番の謎が、桁外れの包容力。本当は何歳なんですか、という感じ。基本凄く鈍感なくせに、たまに鋭く見透かしたようなことを言ったりも。
「考え込んでどうかしたの? もう洗濯物全部取り込み終わってるわよ」
「いえ、なんでもありません」
「そう、何かあったら相談してちょうだいね」
貴女のことを考えていました、なんて口が裂けても言えません。
「白菜と〜豚バラで〜お鍋〜」
そうそう、急に歌い始めることもある。鼻歌のようなものだけれど、歌詞の意味がわからない。
そしてその婚約者様もまた不思議だ。よくいらっしゃるのに、見る度にどこか変わっている。肌が綺麗になっていたり、痩せていたり、筋肉がついていたり。
最近では怪物伯爵の見る影もない。目元が隠れていてもわかるくらいのイケメンだ。おかげでメイド仲間がキャーキャー言っている。
「ああ、アンナ。料理長に今日は晩御飯がいらないと伝えてちょうだい」
「わかりました」
どうやらその婚約者様が来るらしい。お嬢様は育てた野菜を基本厨房にくれるのですが、たまに自分で調理することも。というか婚約なされてからは自分で作る方が多い。どうして貴族のご令嬢が料理できるのだか。そこらの商家の娘の方がよっぽどできないでしょう。
「では、失礼します」
「ありがとう」
お嬢様は本当におかしい。
身分、見た目に隔てない態度は、拗れている人ほど絆されてしまう。
婚約者様はもちろん、殿下も、公爵令嬢も、あの昨日の生徒様までも落ちたことでしょう。ああ、恐ろしい。
……ただ、婚約者様だけ、少しだけ違う気がするのです。大抵の場合、絆されたとしてもそれは人として。
なのに婚約者様は最初から女性としてお嬢様に執着している気が。スッと鋭くもとろりと甘い、愛おしくてしょうがないような顔でお嬢様を見ているのを、私は知っている。
「……このまま結婚、するんだろうなぁ」
お嬢様はいつ頃、この家を出ていってしまうのだろう。




