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30. お茶飲んで落ち着きましょう


「お弁当を届けにきたんですよ。忘れて行ったでしょう?」

「………………ああ。助かった」


 まったくそんなに忘れるくらい疲れてるなんて大丈夫なの? 私のお弁当以外もちゃんと食べてます?

 なんてあれこれ心配していると、目を見開いているシャーロット様と鯉みたいに口をパクパクしているルカが目に入りまして。


「そういえば、女生徒に筋肉を見せつけてなんていませんよね?」

「そういえばから始まる内容じゃないだろう。俺がすると思うか?」

「いいえまったく」


 そうよねぇ。そもそもいまだに目元を前髪で隠しているような方だもの。というかそろそろその長ったらしい髪を切りませんこと? と言いますか切って差し上げましょうか? これでも前世であの人の髪をよく切っていたんですよ。床屋に行くのもめんどくさいっていうものだから。


「プッハハハハ! いやぁ、面白いね」

「殿下?」「ゲ……」

「なんだいその反応は。ああ、かわいそうに。薔薇の棘姫も聖樹の愛し子君も急に見せつけられて驚いている」


 と大きく笑いながら温室に入ってきたのは殿下。

 横を見ると、本当にストレスの元らしく胃が痛いような顔をして殿下を睨みつけているケネス様。


「その呼び名はやめてくださいまし、殿下。……それにしても」

「う、嘘だ。態度が違いすぎる」

「ですわ。怪物伯爵の名が泣いてますわよ」


 シャーロット様とルカが震えているものだから。この人ったら学園でどんな態度なのだか心配になってきたわ。


「……そうか、君が俺の授業を全てサボっているルカ・イングラムか。聖樹の愛し子だったとはな」

「聖樹の愛し子ってなんです?」

「……世紀の天才と呼ばれていて、植物学の天才らしい。俺にとってはどうでもいいが」


 有名人だったのねぇ。私ももう少し噂話に耳を傾けないと。でもねぇ、貴族だとどうも距離があって。昔だったら井戸端会議ならぬ井戸婆会議をよくしたのだけど。皆みーちゃんはーちゃんだったし。実際みよちゃんもはなちゃんもいたわね。


「……それで、俺の授業に出ない理由は。給料をもらっている分、こちらは教える義務がある。まさか惰眠を貪るためじゃないだろうな」


 な、なぜかしら。なんだか当たりが強くない? おそらく他の生徒よりも。


「商学を取ったって無意味なんだ。あと、単純に貴方が苦手」

「……ほぉ。だからといって婚約者に嘘を吹き込まないでくれないか?」

「実際囲まれてるじゃん」


 これは喧嘩なのかしら、それとも修羅場なのかしら。とりあえず、笑いを堪えようと必死な殿下は置いておいて、シャーロット様は怯えていらっしゃいますし、そろそろ……。


「おやめ」


 そいじょそこらの十、二十年しか生きていない未熟者がやかましい。空気がうるさい、空気が。そんなバチバチやって元気ね。


「別に出ないならちゃんと変更届を出せばいいだけの話でしょう。ケネス様、大人気ないですよ。何を怒っているのだか」

「ほ、ほら」

「貴方もですよ。主観で話すんじゃありません。人に物申しあげたいならきちんとした態度でちゃんと話しなさい。優秀なんでしょう?」

「……ふん」


 さて、私はケネス様にお弁当を届けたことだし帰りましょうかね。夕方の水やりには間に合うようにするつもりでしたし。


「あ、あの」

「うちの人がごめんなさいねぇ。お茶会の件、楽しみにしています」

「え、ええ。楽しみに待っていてくださいまし」

 

 とスタスタ温室を出て行こうとすれば、


「また会える?」


 なんて可愛いことを言われたので


「ええもちろん」


 と返したのでした。もう会うことはないだろうとか言っていたくせに。すっかり懐かれてしまったようね。

 そしてなぜか隣にいらっしゃるケネス様。


「私はもう帰りますよ?」

「その……忘れてすまなかった」

「今度お鍋作りますから、その時に来てくれればいいですよ」


 嬉しそうにしちゃって。ああまた花が飛んで見えるわ。

 呆れていると手を取られまして。


「俺の髪は、結んでくれないのか?」

「結んで欲しいんですか?」

「ああ」


 なんだ、そんなことだったのねえ。


「いくらでもやってあげますよ」



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隣国の王太子様、ノラ悪役令嬢にごはんをあげないでください
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