28. 忘れ物を届けに
「あら?」
畑仕事につい熱中してしまい、気がついたらもう当たりがぺっかり明るく。
おかしいわ。今日は学園のはずなのにケネス様がいらっしゃる気配がない。
まあ作っておいたお弁当は私のお昼ご飯にすればいいかとお勝手に入ろうとしたところで、そういえば最近より疲れている様子だったことを思い出す。
「ケネス様ったらもしかして疲れすぎて忘れて行ったのでは……?」
いやいや、誰か教えてくれるわよ。テオとか御者とか…………。
ケネス様、近頃空返事が多かったわね。
あんなに疲れているのにお昼抜きなんて可哀想だわ。生徒がうるさいとか散々愚痴をこぼしていたからカフェテリアには何がなんでも行かないでしょうし……。
「しょうがないわね」
今すぐ出ればお昼には間に合うでしょう。
忘れ物を届けるなんていつぶりかしら。前世ではよく届けたものだけれど。
「お父様、ちょっと学園まで行ってきますわ。馬車を借りますわね」
「ん? ああ……いやちょっとじゃないだろう!? ……もういない」
ちゃんとお父様に報告もしまして、最低限外に出れる服に着替え馬車に乗り学園へ。三時間なんて長いわぁ。
今日のお弁当は、豚の生姜焼き。玉ねぎと一緒に甘じょっぱく焼いたもの。あとは蒸したさつまいもに卵焼き、小松菜の胡麻よごし、大根と鶏肉の煮物。
「ガッツリ食べて元気を出してもらわなくちゃね」
もうそろそろ水菜が取りごろだからお鍋にしようと思うのだけれど、あの人の体が空いているかどうか。
……別に他のお料理にして自分一人で食べてもいいのだけれど、家族が怪訝な顔をするものですから。一応男爵令嬢なのよねぇ私も。昔っからこんなだったから黙認されているだけで。
「お嬢様、独り言が大きすぎます」
「あら、失礼!」
「まあ……いつものことですけども」
呆れた様子のアンナ。アンナは数少ない我が家の使用人の一人で、主に私の世話をしてくれる。赤毛のおかっぱとそばかすの可愛い子。
「ああ、そうだ。妹さんは良くなった?」
「おかげさまで。いい生姜をありがとうございました」
「風邪のときは生姜湯とネギよ」
なんてべちゃくちゃと喋っていればあっという間に学園へ。
「うーん、どうすればいいかしら」
勢いよく来たところで私は全くの部外者。卒業生ではあるけれど、こんな田舎者を先生方が覚えているはずもなく。ケネス様の婚約者です、だなんて言ってもねぇ。
このまま門の前でウロウロするのも不審者だわ。運良く外に出てきてくれないかしら。
「エミリーさん?」
「あらシャーロット様?」
なんてうだうだしていたらちょうど出てきたのはシャーロット様。あの赤いドレスも似合っていたけれど、学園の制服も似合うわねぇ。
「どうしてこんなところに?」
「ケネス様にお弁当を届けに来たのですけどねぇ」
「なるほど、わかりましたわ。ついてきてくださいまし」
ああ、助かったわ。無駄足になるところだった。
怪訝な顔だった門番も説明を聞けばにっこり笑顔に。公爵家って凄いのねぇ。
「どうやら職員室にはいらっしゃらないようですわ。探してきますから、そこで待っていてくださる? 今の時間は誰もいないはずですわ」
「ええ、ありがとうございます」
と案内されたのは大きな温室。植物学でよく来たわね。たった二年前 のことなのに懐かしいわぁ。
「お邪魔します」
ああ誰もいないんだってわ……ってあら。何やら奥でうごめく灰色が。い、今は動物でも飼っているの?
「……ふぁぁ。誰?」
ひょいと顔を上げたのは動物ではなく。灰色のふわふわな長髪と気だるそうな緑目の男子生徒でした。
おそらく、サボり。