27. これっくらいのお弁当箱に
「……ケネス様って私のことが好きなの?」
「え、何を今更……」
本気で引く様子のテオ。
だ、だってそうでしょう? こんなおばあちゃんよ私。ああ、いえ、見た目は年若いお嬢さんだったときのですけれど。
「好きも好き、ベタ惚れじゃないですか」
「はぁいぃ??」
ベタ惚れなんてあの人に一番似合わない言葉だわ。恋なんて聞いたら鼻で笑いそうな顔してるじゃない、いつも。
首をかしげていると、今度はいたずらっ子のように笑うテオ。
「うーん……まあいいや!」
「いいの?」
「こういうのって自分で伝えるものかなって」
随分と大人びたことを……。たまにいるわよね、こういう子供。
まあ、この子の勘違いでしょう。ありえないもの。好きなのは野菜よ、多分。あの人ったら素直じゃないけれど。
「あ、マズイ時間だ! 戻らないと!」
「忙しいのね。頑張って」
「はい! しぶかわに(?)とりんごありがとうございました!」
「また来てちょうだいね」
テオは、ポケットに懐中時計をしまって、急いでお辞儀をして走っていったのでした。
元気ねぇ。……さて私も畑仕事の続きをしようかしら。
*
「いい朝ねぇ……」
冬の澄んだ空気が気持ちいいわ。
なんて伸びをして。顔を洗って、着替えて、お勝手に。夏は先に水やりですけどね。冬は今水をやったら凍っちゃいますから。
「今・日・のお弁当は〜〜」
とりあえず昨日作ったカブの甘酢漬けは入れて、あとは鮭かしら。鮭の西京焼き。
「甘くて美味しい西京焼き〜」
西京味噌がないから、普通の味噌に酒とみりんと砂糖を混ぜて作ったのよね。それで昨日漬けておいたやつ。
フライパンが中火で熱したら、余分な味噌を優しく拭き取って焼く。焼き色がついたら、ひっくり返して弱火で焼いて完成。
「お魚にはお米よねぇ」
そうしたら白米と昆布の佃煮を入れて。
「あとは……」
卵やきとブロッコリーで彩りを。
うちの卵焼きは甘め。あの人ったら最初はしょっぱい方が好きだったくせにいつのまにか甘い方が好きだとか言い出して。元々私も甘い卵焼き派だったからいいですけど。
「……人の味覚って変わるのねぇ」
素早く卵を溶いて、白だしと砂糖を足して。じゅっと焼く。冬だから大丈夫だとは思うけれど、悪くならないように硬めに焼き上げる。巻いたら足して。足したら巻いて。はい完成。
「ブロッコリーは茹でておいたのがあるから」
あとは、あの人大きいからもう一品くらい必要ね。
ん? あの人とあの人で紛らわしいわね。旦那の名前……なんだったかしら。ちょっと痴呆が入っていたからか、顔も名前も思い出せないのよねぇ。
もちろんケネス様のことはわかりますけれど。
「まあどうでもいいわね。あともう一品は人参の肉巻きでいいかしら」
ちゃちゃっと作ってはい完成。さらっと今日の献立を書いて、風呂敷に挟んで。お箸を忘れずに。
そういえば外国のような世界なのに箸があるのよねぇ……。普段の食事の洋食はフォークやナイフなのだけど。
「日本のげぇむだものね」
さ、畑仕事にちょうどいい時間だわ。
「朝早くに失……おはよう」
「ああ、おはようございます。お弁当できてますよ」
「……ああ」
勝手口を出れば、ちょうど戸口を叩こうとしていたケネス様と鉢合わせまして。
お弁当ができているといえば嬉しそうなお顔。作った甲斐がある、なんて思っちゃうじゃないですか。もう。
「いってらっしゃい。今日はカブの甘酢漬けですよ」
「……ああ。いってくる」
ケネス様が喜んでいると周りに花が舞っているように思えるのは……私もそろそろ年かしら。いや、この体では若いはず。