23. 渋皮煮はコトコトじっくりと
「……これは凶器か何かか?」
「失礼な。栗ですよ、栗」
またもやケネス様を呼び出しまして手伝わせているのは栗拾い。
我が家にはそこそこ大きな栗の木があって、毎年実をつけてくれるのですが、誰も何も使わず。勿体無いので私が何かしらしているのでした。
「こうやって、両足で踏んで、実を火バサミで取り出して」
栗は刺々したイガが痛いですからね。軍手をしていても危ないですし、厚めの靴で踏みつけて中を開けて。
「栗はこっちのザルに。イガはちりとりに入れてくださいな」
「……わかった」
まあ仕事が早い上に丁寧なことで定評があるケネス様ですから。任せて問題はないでしょう。
私はその間に栗の選別を。水の中にいれて、浮いて来たのは虫に食われたもの。沈んだものは身が残っていて食べられるもの。
選別ができたら、まずは茹でる。とにかく茹でる。そうしないと鬼皮……つまりは一番硬い殻のような皮が剥けませんからね。
「このくらいでいいかしら」
「……とりあえず落ちていたのは全部やった」
「あら、もうですか?」
まああとは栗ごはんや栗きんとんにすればいいでしょう。
選別だけして、作業を再開しまして。
「何をやっているんだ?」
「何って鬼皮を剥いているんですよ。これは渋皮煮にするんです」
「しぶかわに……?」
あら、この世界では馴染みがないのかしら。渋皮煮はその名前どおり、渋皮のついたままの栗をアク抜きして甘く煮たものなのですけど。
なんて説明をしても、ケネス様は首を傾げたまま。
「……マロングラッセのようなものか?」
「それは呪文か何かです? まあ、気になるならいつもみたいに見ていればいいじゃないですか」
鬼皮を剥く時は、渋皮傷つけないようにするのが大切。少しでも傷ついていたらそこから煮崩れちゃいますからね。この時点で失敗は栗ごはん行き。
「……俺もやる」
「包丁で剥くのは危ないんですよ。ぶきっちょはダメです」
渋皮煮は繊細なんですから。
さて、やっとのことで全部剥き終われば、落とし蓋を使いつつ重曹入りのお湯で茹でこぼす。このとき重曹が多いと苦くなりますからね。多くしたってアクが多く抜けるわけでもないし。
燕脂色のような真っ黒になったら水を変えてまた茹でこぼすのを繰り返す。
「……凄い色だな」
「栗はアクが多いですからねぇ」
茹でると筋が浮き上がってくるので、 渋皮を取らないように気をつけながら手で取って。三、四回繰り返してツルツルになったら、重ならないように並べて砂糖振りかけて水を入れて弱火でコトコト煮る。
「よしよし。今日はここまで」
「今日だけじゃ終わらないのか」
「渋皮煮はね、つけ置くのが大事なんです。しっかり甘くするには、冷ますこと」
砂糖が全部溶けたところで火を止めて一晩置く。
「どうかな……」
一晩経ったところで、塩梅をみる。どのくらい染みてるかによって水や砂糖を足すのよ。
「手間がかかるんだな」
「あら、いらしたんですか」
「……食べたいに決まってる」
最後の最後煮汁が減ったところで、醤油を入れて甘じょっぱく。みりん入れて照りをつけて。
そうして煮たらまた冷まして、また煮る。
「煮すぎじゃないか?」
「渋皮煮は手間がかかるんですよ。はい、煮崩れたやつ」
「つまみ食いか」
煮崩れるとシロップが濁っちゃいますからね。必要なつまみ食いです。
串がスッと入って、染みているようなら完成。煮沸した瓶の中につめまして。冬の保存食いっちょあがり。
「はいどうぞ」
「……甘い」
「ほっくり甘くて美味しいでしょう?」
手間がかかっても食べたいからついつい作っちゃうのよねぇ。栗の食感とじゅわっと滲み出るシロップのせいで手が止まらないわぁ。ああ、もうこんな季節なのね。
「もうすぐ冬ですねぇ」
「……ああ。……そのことなんだが」
「はい、なんでしょう?」
「学園の非常勤講師をすることになった」
へぇ……非常勤講師ですか。それはまた随分と急で。今でさえ多忙なのにどうしてまた。
「なんでも商学の講師が急に辞めてしまったらしくてな。冬の間だけと無理やり」
殿下に半分脅されたとかなんとかぶつくさ言ってますけど……。ん?
学園の非常勤講師? つまりはケネス様、王都に行ってしまわれるの?
「だから……」
「野菜はどうするおつもりで!?」




