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16. お月見は里芋で



「……こんな時間は珍しいな」

「今日はお月見ですからね。月が出てからじゃないと」

「……おつきみ?」


 秋風の抜ける夜、夜空にぽっかり浮かぶのはまん丸お月様。

 この世界には多分ないのでしょうが、今日は十五夜。

 子供にススキを取りに行かせている間にお団子と、これを作って。よく次の日の朝の味噌汁に余った団子を入れたものだわ。懐かしい。


「はい、これ」

「……なんだ、これは。芋?」

「里芋のきぬかつぎですよ。お月見の日はこれとお団子を作って、秋の果物や野菜をお供えするんです」


 里芋のきぬかつぎの作り方はとても簡単。

 まずは皮付きのままよく洗って、次に頭を落として蒸す。蒸しあがったら皮のない部分に田楽味噌と胡麻を乗せる。たったそれだけ。

 田楽味噌は味噌とみりんを照りが出てちょうどいい硬さになるまで練る。私は風味付けにゆず混ぜたのが好きですね。


「はい、どうぞ」

「……ど、どうやって」

「ほら、こんなふうにちゅるんと」


 甘くてさわやかな田楽味噌と胡麻の風味が、まろやかな里芋と合うわぁ。昔は子供たちが寝静まってから、あの人とこれで晩酌したものね。


「簡単に剥けるんだな」

「美味しいでしょう?」

「…………味噌がうまい」

「まったく!」


 頑固者! まあ、そんなにうれしそうな顔をしてくれるのなら、泥だらけになった甲斐があったというものだわ。

 里芋は土を掘って、茎をしっかりと掴んで優しくちょっとずつ引き上げるのがコツ。そこで根をブチ切ってしまうと日持ちが悪くなりますからね。


「それにしてもいい夜だわぁ」


 十五夜は稲の収穫に感謝して、米を粉にして月に見たてて丸く作ったのがはじまり。そこからお月見団子が、別名芋名月ともいうことできぬかつぎがお供えされるようになったのよね。


「お月見は、十五夜と十三夜がありましてねぇ。秋の収穫に感謝しながら、お月様を見るんですよ」

「二つもあるのか」

「一ヶ月後くらいですから、また呼びますね。どちらかしかしないと、片見月といって縁起が悪いんですよ」


 そういうと興味深そうに月を眺めるケネス様。素直でよろしい。私の野菜が美味しいのにも素直になっていただきたいものですがね。


「…………この間は悪かった」

「何がです?」

「殿下のことだ。連れてきてしまった」


 私としてはケネス様のお友達……知り合い(?)とお会いできて嬉しかったですけどねぇ。貴重な姿も見れましたし。

 だからそんな、苦虫を噛み潰したような顔なさらなくても。


「いえいえ。それより、お仕事が忙しいんでしたら無理やり来なくていいんですよ? 野菜、嫌いなのでしょう?」


いつも素直じゃないお返しとばかりにしてやったりな気分でいたのだけれど……。


「食べさせる、と言ったじゃないか。約束は守ってもらう。それに……」

「うっ……それに?」

「仕事は夜でもできる」


 そんな、私の野菜は機会がなければ食べられないみたいに。実際そうですけれども。それを持ち出してくるのはずるいわ。

 と思ったらあからさまにそっぽ向いてしまって。まったくもう。自分で言って照れてちゃ世話ないわよ。


「はいはい、ですが、ご無理はなさらないでくださいね」

「そっちこそ、いくら敷地内とはいえ夜に外に出るな」


 心配性すぎますよ。こんな田舎の男爵家に危険も何もあったもんじゃありませんもの。たまに裏山からいのししが降りてくるくらいで。

 なんて、言おうとしたけれど、月を見つめるケネス様の顔があまりにも優しいものだから、口に出しかけてやめまして。


「……月が綺麗だな」

「……はい?!」

「どうしたんだ」


 何をそんな驚くことがあると言いたげなケネス様。

 一瞬驚いてしまったけれど……この世界にそんなのあるわけないわね。私ったら。


「なぜこんな急に?」

「不意に、言いたくなった」

「……ああ、そうですか」


 そう、よね。あの人じゃないんだから。


「あなたと一緒に見る月だからでしょうね」



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隣国の王太子様、ノラ悪役令嬢にごはんをあげないでください
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