15. きのこはちゃんと見分けませんと
「……どうなっても知らないと、俺は言ったからな」
「? 来る前に言ってたやつだろ。覚えてるさ」
どうやら話は終わったようで、素直についてくるお二人。
殿下のお洋服だと汚れても洗えなさそうね。うーん、何か着替えられるようなものは……。
「……汚れたとしても自業自得だ。行こう」
「王太子殿下のお召し物なんて高価でしょう? 勿体無いですよ」
「……知らん」
とだけ言ってスタスタと歩いて行ってしまうケネス様。
ちょっと、あなた山登りなんて慣れていないでしょう。お待ちなさいな。ただでさえ足が長くて追いつくのが一苦労だというのに。
「おい、女性に歩幅を合わせるのは紳士として当然だろう?」
「……殿下を遠ざけるために早く歩いていた」
渋々戻ってきたケネス様。
そんなに嫌なのねぇ、なんて考えているとふわっと懐かしい匂いがして。謎の浮遊感が。
「こうすれば問題ないだろう…………軽すぎないか?」
人を勝手に横抱きにしておいて何を仰っているのかしらこの人は。
「あなたに力があるだけでしょう。これじゃきのこが見えませんし、降ろしてくださいな」
ケネス様の身長が高すぎるせいで視線がものすごく高いわ。呆然と見上げている殿下の顔もよく見えますねぇ。そこまで身長差はないと思っていたのだけれど、見上げるのと見下ろすのは違うのね。ほぼ十五センチくらい違うわ。
「君、本当にケネス・ウォード伯爵令息か?」
「……当たり前だろう」
この人ったら、他の人にはどんな態度してるっていうのかしら。こんなに驚かれるなんて。
「僕は?」
「……ルイス王太子殿下だろう」
「年は」
「……十八歳」
「じゃあ好きな食べ物は」
「トリュフの……」
「ああわかった君はケネス・ウォードだ」
何かしらこの問答。
思わず交互に見ると、ケネス様は怖い顔をしていて、反対に殿下は笑いを堪えている様子。
「……何が言いたい。あと崩れてるぞ」
「私としたことがこれは失敬。いや、言うことはなにもないさ」
「……そうか」
やっと下ろしてもらえたので、カラマツの下に向かいまして。ああ、あったあった。ハナイグチ。
黄色くて裏側がスポンジのようなカサ。似ているのにシロヌメリイグチ、チチタケがあるわね。
黒ずんでいたり溶けていたり、ダメになっていないか確認して背中のカゴに入れていく。
「これは食えるのか」
「これはですね……」
栗色で、縁は少ーし白っぽい。切り株とかに生えていた、つまりクリタケ。これは似ているやつでニガクリタケという毒キノコがあるから注意が必要よ。噛んでみればものすごく苦いからすぐわかるのだけど。
遠目から見て、赤いか黄色いか。今回は赤いから……
「クリタケですね。食べられますよ」
「……そうか」
さて、きくらげなども取りまして。
「カーレス男爵令嬢、これは食べられるのか?」
「それは毒ですよ」
殿下が嬉々として持ってきたのはツルタケ。灰褐色で線の入ったようなカサが特徴。
「ではこれは」
「それも毒」
赤いカサに白い気中菌糸。毒キノコで有名ベニテングタケ。
どうしてこうも毒キノコばかり……。
なんてきのこを見ていると落ち葉に足を滑らせた殿下が勢いよく転びまして。
「だから言っただろう」
「……なるほど、帰ろうか」
呆れた様子のケネス様と、今度きのこについての本を読もう、なんてブツブツ呟きつつ落ち込んだ様子の殿下。あらあら、勉強熱心で凄いわねぇ。
空を見ると少し日が落ちかけて……。
「秋の日はつるべ落としということですし、そろそろ下りましょうかね」
「……どういう意味だ?」
「秋は、井戸の釣瓶が落ちるように早く日が沈むということですよ」
日が落ちてからの薄明かるい時間も短いから、本当にすぐ暗くなってしまうのよね。
というわけでさっさと山を下りまして。まずは最終確認。新聞紙の上に広げてじっくりと。この時に柄の白いとこは切ってしまいましょうかね。
「ほとんど大丈夫そうね。まずはきのこの下準備から」
塩水に浸けて虫を出す。次にたっぷりのお湯で茹でて、冷水で冷やす。混ぜるように汚れを落とす……を何回か繰り返す。茹でると痛まなくなるから明日も食べられるのよ。
「手際がいいな……本当に令嬢か?」
「農業男爵家ですからねぇ」
さてきのこだけじゃ味気ないわね。
この間採れたにんじんとごぼうをささっと切って鍋で軽く炒める。水を入れて煮たったら今晩の主役、きのこを投入。アクをとってしょうゆ、塩、酒、みりんで味をつけて完成。
あとは適当に塩おむすびを。
「お待たせしました。はいどうぞ」
「……ああ」
「おお!」
一国の王太子が木箱の上に座るなんて謎の絵面が出来上がってしまったけれど……細かいことは気にしなくていいわね。ずっと遠くからこちらの様子を伺っていた護衛の方々が額に手を当ていても。
「「いただきます」」
「いただこう」
うーん。美味しい。きのこの旨みがよぉく出てるわ。こう、沁みるというかなんというか。思わずほぅっとため息が出るわ。
スッと毒味の方が来て確認したところで、殿下もやっと一口。
「おお! 美味だ!」
「それはよかったわ。貴方はどうです?」
「……きのこは野菜じゃないからな。美味いに決まっている」
「ま!」
まったくなんてこと言うのかしら! その中に入っている人参が見えないの!?
なんて怒ると、会話を聞いた殿下が大笑いしまして。
「ハハハッ! ケネスの婚約者は面白いな。また伺わせてもらおう」
「断る」




