12. きんぴらごぼうはよく噛んで食べてくださいね
「どっこらしょっと」
青々とした葉を刈り取って、根の脇を掘り下げ、根を両手で持ってふんっと力を入れて。
掘り下げた穴側に倒すように引き抜いって……っと。
ほんと、何度も収穫しているけれど、根が長くてびっくりするわ。それを食べるのだから長いのは当たり前なのだけど。
「太さも均等でひげ根が少ない。これは上等なごぼうだわぁ」
まだほんの少し汗ばむけれど、もうすっかり秋になった午前中。今日も今日とて畑仕事。
さて次は人参かしらね、と畑を移動して。
ごぼうもにんじんも今が旬の季節。きっと美味しいわ。
「どっこらしょい!」
葉と根元の間を掴んでまっすぐ引きぬく。泥がついていてもよくわかる橙色が綺麗だわ。
そういえば私今日抜いてばかりね。秋は根菜類がよく採れるわぁ。
ごぼうににんじんときたら……きんぴらかしらね。今日は午後からケネス様がいらっしゃるそうですし、お昼はきんぴらとこの間精米し終えた白米にしましょう。
「そうと決まればご飯を炊かなきゃ」
ほんと、ここまで大変だったわ。一家に一台文明の力、脱穀機がないものだから、お茶碗で脱穀して、すり鉢で玄米に。戦時中の母みたいに瓶で精米してやっとだもの。
正直戦争中は小さかったしあまりよく覚えていないけれど、戦後ご飯が少なくてひもじかったのはよく覚えてるわ。そんな時は畑が助けてくれたのよね。食べるものを自分で食べられる喜びは底知れないわ。
「よし、あとは炊いて」
米をとぎ終えたら、水は気持ち少なめに。新米は水を吸うのが早いから、さっさと炊かないと。浸漬なんもってのほかよ。べちゃっとしてしまうもの。
「次はきんぴらね」
ごぼうもにんじんもまずは洗って泥を落として。
ごぼうは包丁の背で皮を擦ったあとささがきにして水にさらしておく。
そうしたらにんじんもごぼうも千切りにしてしんなりするまで炒める。
水を入れて、みりん、砂糖、醤油で味付け。七味を足して完成。
「……味見」
「はいどうぞ」
なぜか慣れたようにひょいと口元に持って行きましたが……あらケネス様。いつのまに。
「……珍しい辛味がする」
「交易品の一つの七味ですよ」
「しちみ……うまいな」
そういえばあの人もきんぴらごぼうを出すと無言で喜んでいたっけ。歳をとってからはお互い歯が弱くなって硬いものはあまり食べなくなっていましたけど。
「……それで、何をしているんだ?」
「お味噌汁をちゃちゃっと作ってるんですよ。カブとカブの葉の」
「……そうか」
ほんと、じーっと見て何が楽しいのかしら。別に嫌ではないのだけれど。
「食べていくでしょう?」
「……ああ」
「商談はうまくいっているんですか?」
ご飯ときんぴらをよそいながら話を聞くと、今やっているのは農業男爵ことカーレス家と酒造業の盛んな領との仲介なんだとか。そんな大事業に乗っかったことのない我が家は難色を示していたのだけど、あの枝豆で打開策を見つけたと。まずは試しとして原材料ではなく酒のあてとしてのやりとりをと思いついてからはうまく進んでいるらしい。
「……そしてその酒を王都に売るのがウォード家だ」
「なるほどねぇ。何はともあれお疲れ様です。はい、できましたよ」
ごぼうは野菜の中でも随一の繊維質、にんじんも繊維質はもちろん免疫力を上げてくれる。ついご飯が進んでしまう秋にぴったりね。
「「いただきます」」
まずはお味噌汁を一口。うん、美味しいわ。味噌を作っていた昔の自分に感謝したいくらい。カブも美味しいですし。
そしてご飯ときんぴらごぼうは……至福だわ。歯ごたえと甘じょっぱくも辛いのがお米と合うったら。
「……おかわり」
「早食いはよくありませんよ。はいどうぞ」
「…………おかわり」
「食べ過ぎは太りますよ……ってあら、また少し痩せました?」
何はともあれ、きんぴらごぼうはよく噛んで食べてくださいな。




