嬉しい再会
──そして、現在。
ドン
肩に激しい衝撃を受けた私は、その場で尻餅をついてしまう。
相変わらずエミリーは陰険だ。こんなに広い廊下で、わざわざ私にぶつかるなんて絶対ワザとに決まっている。しかもその行為を詫びるどころか、転んだ私に手を差し伸べる気すら無いらしい。
「もう、邪魔なんだから!こんな所にゴミを置いたのはいったい誰?…本当に大きなゴミだこと」
私なんて相手にならないと言っておきながら、何故この人は懲りもせず戦いを挑んでくるのだろう。もっと私に構って欲しいのか、それともアンドリューからあまり相手にされず、気を引く為に利用しようとしているだけなのか。
「ふう、面倒臭いな」
思わず本心を口にしてしまい、慌てて口を押えたものの時すでに遅し。格好の燃料を与えてしまったらしく、活き活きとエミリーは私を罵り出す。
「おほほ、やはり顔が醜い女性は心も醜いのね。皆様、お聞きになりましたか、今の言葉!」
「ええ、勿論。エミリーを『面倒な女』ですって!一瞬、耳を疑いましたわ」
あのう…、『面倒臭い』がいつの間にか『面倒な女』に変わってますけど。
「んまあ!『面倒ばかり起こす女』ですって?!エミリーを侮辱するなんてこの私が許しませんよっ!」
「ええ。この陰気だけが取り柄の女に、そんなことを言う権利は無いはずっ」
うう…、とうとう『面倒ばかり起こす女』に進化したのですね。この方たち、もしかして耳に羽虫でも入っているのではないかしら?
>あーやまれ、あーやまれ、あーやまれ
その声がどんどん膨らんでいく。
いつもの如く逃げるつもりだったが、四方を囲まれているせいで身動きが取れない。ふと視線をエミリーの隣りに立っていたアンドリューへと移せば、彼は苦々しい表情でこちらを睨んでいる。
…ここに味方などいない。
そんなことは分かり切っていたはずなのに。
そう仕向けたのは自分なのだから今更泣き言をいうつもりは無いが、それでもこの馬鹿馬鹿しい騒動に大きな溜め息を吐いていると…
「止さないか!!」
突然、輪の中心に誰かが飛び込んで来た。
途端にシーンと静まり返ったのは、その人の容姿に見惚れたせいに違いない。それほど美しい男性…いや、美しいだけでは無く真っ直ぐな瞳は、己の信念の為ならばどんな困難にも立ち向かう強さも滲み出ていた。
「こんな大勢で、か弱い女性を虐めるなんて、なんとも思わないのかキミたちは?!」
ああ…、忘れもしない、この人は…。
そうか、戻って来たんだ。
「アンドリュー!貴様、ヴェロニカを…俺がどんな思いでこの人を手放したか…、なのに…」
「まったく、久々の再会だと言うのに、いきなり批判か?お前は相変わらず女の趣味が悪いな」
それって私のことですよね?
うう…、アンドリューったら辛口だわ。
ここで反論を諦めたのか、その人はいきなり私を横抱きにしてカツカツと大股で廊下を歩き出す。すると、その気迫に押されたらしき人混みが一斉に移動して道を空けてくれる。
「ヴェロニカ、このまま誰もいない所へ行こう。いいね?」
「えっ、でも、学院の規律では男女が2人きりになってはいけないと…」
「誰もそんなの守っていないって。それに知らない仲じゃないんだし」
「またそういうことを…」
そうこうしているうちに校舎の外れまで辿り着き、漸く自分の脚で立つことが出来た私は改めてその人と向かい合う。
ガバッ
まるでカーテンを開けているのか如く豪快に前髪が左右に分けられ、切なげに顔を覗き込まれた。
ああ…、この人は変わらない。
本気なのか冗談なのかいつも曖昧で、だけどその瞳はいつでも私のことを心配してくれているのだ。
「そんなことよりも、まだ言って無かったな。ただいま、ヴェロニカ」
「おかえりなさい…レイモンド」