敵襲
緊張はしていたが、ずっと神経を尖らせていることは難しい。深夜と呼べる時間帯となり、廊下と室内には少ないとは言え十数人の騎士達が守ってくれていた。だから、少しだけ気を緩めウトウトしてしまったのだろう。
しかし、そんな時間も長くは続かなかった。
ざわり、と背筋を撫でられたような感触がして。それが誰かの視線だと気付いたのは、たぶん殺意の混ざったものであったからに違いない。思わずヒュッと息を呑み、自然に見えるよう心掛けた仕草でゆっくりと室内を見渡す。
壁際に置かれたベッドでは規則正しい呼吸で彼が眠っており、私はそのすぐ傍で手慰みの刺繍をしていた。小さな溜め息をひとつ吐き、サイドテーブルに置いてあった裁縫箱に針と布を片付けると、そのまま顔を覗き込む振りをして覆い被る。
アンドリューを、これ以上傷つけたくない。
ただその一心で我が身を挺して守ろうとしたのだが、どうやら敵は外から窓を蹴破ったらしく。ガシャンと硝子が派手に割れる音がしたかと思うと、全身黒装束の男が飛び込んで来た。
「なっ、ここは5階だぞ?!いったいどうやってッ」
レイモンドの叫びよりも早く、ケヴィンが彼の前に駆け寄って剣を構える。黒装束の男は、短い助走のあと驚異的な跳躍で2人を飛び越え、そのままこちらへと駆けてくる。恐怖で身動きが出来ない私は、呼吸ですらままならない。
「上階の部屋から綱を伝って下りてきているのだ!誰か窓を封鎖しろ、これ以上の侵入を許すなッ」
ケヴィンの指示に、騎士達が敏速に動く。棚やソファを移動させて侵入を防いでいるうちに、天井から別の黒装束の男が2人も下りて来て、敵に向かって剣を振るい出す。カキィイン、キィンと打ち合う音で、ああ、これが噂のカラスかと安堵したのも束の間。
…えっ。
敵は1人だけでは無かったのか。
漸く身を起こした私は、未だ感じる嫌な視線に眉を寄せた。そうだ、この視線は窓の外からではなく、室内から感じたはず。だとすれば敵はもう1人いるということか?忙しく思考を巡らせているうちに、ふと視界を過る騎士の姿が見えた。
「ケヴィン!後ろッ」
もちろんケヴィンはレイモンドを庇っているので、敵の狙いは彼なのだろう。レイモンドの腕を引っ張って跪かせ、ケヴィンは素早く刺客を切る。そして絶命はしていないその人に剣先を向け、無表情なままで問うた。
「マイク・ホートン。お前は確か我が隊の騎士だったと思うが、何故、このような真似を?」
「そ、そこをどいてください」
「どうして分からない?!お前がこの御方を弑すれば、この国を滅ぼすことに繋がるのだぞッ」
「ち、違うのです、お、俺は…」
「何だ、おい、待て、マイクッ」
「あ、ああああっ、うわああッ」
それは、一瞬の出来事だった。
激しい慟哭は、いつの間にか雄叫びへと変わり。マイクという騎士は切られた傷を物ともせずに、剣を上段に構えながら走って来る。
──そう、私達を目掛けて。