~回想~ ツィタライエンの森で・3
結婚相手として名の挙がったレイモンド・ラングストンの父親は、材木業に力を入れており、国内では二番目に多くツィタライエンを生育している領主だった。
「に…ばんめ…ですか?」
「ああ、そうだ。今後はもっと増えるだろうがな」
「なぜ二番なのでしょう?山火事を防ぐことが目的であれば、一番多く生育している領主の元へ嫁ぐべきではないのですか?」
「色々と大人の事情が有ってな。とにかくヴェロニカ、お前をラングストン家へ嫁がせることは決定しておるのだ」
───王命。
それが翻らないことは分かっていた。よく見れば、いつも朗らかな父が辛そうに目を伏せている。これ以上父を責めてどうなるのか、私に出来ることはただ頷くだけのはずだ。
「…分かり…ました、仰せの通りに」
「よし、顔合わせは一週間後に執り行なう。婚約式はまだまだ先だが、その前に…彼に会って心残りを消し去りなさい」
「…え…っ?」
「私も悩んだのだ。このまま疎遠になって想いを風化させるべきではないのかと。しかし、彼の方がそれを納得してくれんのだ」
これ以上聞かなくても、それで全てを理解した。
彼が、私に会いたいと。会って、最後の言葉を交わそうとしてくれているのだ。
「有難うございます、お父様」
「良いのだよ、こんなことしか出来ない父を許しておくれ」
涙を誤魔化すため、そっと首を左右に振る。飯事みたいな子供の恋愛を、これほど大切にしてくれる父にひたすら感謝して。
「頭では分かっているのです、お父様…でも…だけど…、私は彼のことが…」
「初恋…だったのだろう?お前は何も悪くない、だから自分を責めるな」
止まることを知らない涙がその言葉で更に溢れ、そんな私の背中を父はずっと撫で続けてくれた。
「ヴェロニカ!会いたかった」
「私もよ」
彼と会えたのは、レイモンド・ラングストンとの顔合わせを終えた僅か2日後のことだ。まるで何も無かったかの様に私たちはいつも通りに振る舞っていたが、ふと会話が途切れた時にボンヤリとその姿を見詰めてしまう。
ああ、これでもう最後なのだ。
目に焼き付けておかなければ。
心の奥に仕舞っておいた想いが涙という形で溢れそうになった、その瞬間。彼がゆっくり口を開く。
「レイモンド・ラングストンには会ったのか?」
「うん。一昨日、先方の領地で」
「なかなかの美男子だっただろう」
「恐ろしく社交的で驚いてしまったわ」
「ふふっ。アイツ、相変わらずだな」
「レイモンドと顔見知りなの?」
「ああ。気の置けない友人だ」
「そ…う…」
明るく話そうと思ったが、ここまでが限界だった。友人ということは、結婚後に会ってしまうかもしれない。…それも互いに別のパートナーを連れて。
そんな未来は想像したくなかった。
「ヴェロニカ」
「なに」
「なあ、こっちを向いて」
「…うん」
視線を絡めた瞬間、愛しさが込み上げてくる。
笑顔になった彼を見て、私も笑みを返した。
「俺たちは、互いに運命の相手だ」
「運命…」
だったら、どうして違う相手と結婚することになってしまったの?心の中でそう訊ね返すと、彼はハッキリとこう続けたのだ。
「いいかい?どんなに時間が掛かっても、必ずきみを迎えに行く」
「無理よ、だって私は」
「それまでは周囲の目に留まらぬ様、その美しさを隠しておいてくれないか」
「でも、この婚約は王命なのよ、いったいどうやって…」
動揺する私に、彼は優しくキスをする。
「ヴェロニカ、ヴェロニカ、ヴェロニカ…」
「うっ…ふうっ…」
ただ名前を繰り返し呼ばれているだけなのに、心から求められていることが伝わってきて泣きそうになった。
「大好きだ、ヴェロニカ」
「私も、大好きよ」
「大丈夫、絶対に上手くいく」
「ええ、分かった…待つわ。ずっとずっと貴方を待ち続けるわ」
この日から私は前髪を伸ばし、顔を隠すようになったのである。