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~回想~ ツィタライエンの森で・2



 それは印象的な出逢いだった。



 水を降らせた後は空気が澄み、森は一層いろ鮮やかになる。その日は晴天だったことも有り、差し込む陽光に彩られた木々の緑が眩しいほどで、だから相手の顔がよく見えなかったのだ。


「どなた…ですか?」


 年齢は自分と同じくらいだろうか。白いシャツに黒のトラウザーズ姿のその少年は、いつの間にか距離を縮め、手を伸ばせば届きそうなほどの位置に立っていた。すると…



 ──ゴオオオオオオオッ

 


 いきなり突風が吹いて、私たちは驚きの光景を目の当たりにする。


「え…、嘘でしょう?どうしてこんな急に…」

「う…わあ…。これもキミの力なのか?」


 数年に一度しか咲かないことで有名なツィタライエンの花が、一斉に開き始めたのだ。


 ひょっとして視界には入らなかっただけで、元から蕾が膨らんでいたのかもしれない。そして偶々そこに水分を与えたことに寄り、成長が促されたと考えるのが妥当だろう。だが、もしそうだったとしてもこれほど瞬時に開花するとは考え難い。


 私と少年は背中合わせに立ちながら、空近くに咲いている真っ白な花を見上げたまま動けなくなってしまった。


「…まるで祝福されているみたいだな」

「え?」


「この出逢いをだよ」

「この出逢いを?」


 ゆっくりと目線を下げ、視界に捉えた少年の顔に私は思わず息を呑んだ。


 なんと美しい人なのだろう。


 造形が整っているだけでは無く、幼いながらに威厳や風格が滲み出ている。


「ヴェロニカ、きみはなんて美しいんだ」

「えっ、わ、私?あなたじゃなくて?」


 これまでにも『美しい』と称賛されることはよく有ったが、どうせ御世辞だろうと真に受けることはなかった。なのに何故かこの少年の言葉だけは信じられる気がした。


「外見だけでは無く、きっと内面が滲み出ているのだろうな。清らかで決して他人を傷つけない…そんな優しさを感じる。ああ、本当に美しいな」

「あ…あの…、えっと…有難うございます…」


 さわさわとツィタライエンの花が風に揺れ、まるで妖精たちに覗かれている様な気恥ずかしさを抱きながら私は不器用に微笑んだ。 


 



 後で知ったのだが、彼の父親は領主で。


 経済を安定させるため商工業にも力を入れているらしく、主軸となる事業は他国への香辛料輸出なのだと。その原料として国内で生育されているツィタライエンの約6割を所有しているそうで、それ以降私は頻繁に呼び出されることとなった。


 1年、2年と月日が過ぎ、森へ行くたび彼が会いに来てくれる様になって。まあ、何と言うか妙だとは思っていたのだ。他の領地では終始一緒にいてくれた父が、なぜか彼のいる領地でだけ姿を消してしまうことを。


「会いたかったよヴェロニカ!よく顔を見せてごらん。ああ、可愛い、目も鼻も唇も全部可愛い」

「ひゃあ、お願いだからもう止めて」


「先月は干ばつ寸前の農村を助ける為、方々を渡り歩いていたそうじゃないか。本当にきみって子は、困った人を放っておけないんだから…」

「うう…、何で知ってるの?」


「領主間の情報網を侮らないでくれよ。まったく、ただでさえその美しさで注目を集めているのに、これ以上他の男たちを夢中にさせないでくれ」

「だからもう、恥ずかしいからそういうことを言うのは禁止ね!」



 幼いながらに私と彼は好き合っていた。

 それは紛れもない事実だ。


 




「ヴェロニカ、お前に縁談話が持ち上がったぞ」


 父からそう切り出されたのは、彼と出会って6年目のことだった。


「お父様、お相手はどなたでしょうか?」


 喉をゴクリと鳴らして私は問い返す。…それでも自信は有ったのだ。私の能力を最も欲している領主の子息で、しかも互いに想い合っている者同士。大丈夫、父はいつも気を利かせて私たちを2人きりにしてくれたではないか。だから言わなくても分かってくれているはずだと。期待に満ちた目で見つめる娘に向かって、父は答える。



「よく聞け、お前の結婚相手は…」



 ──残念ながらその後に続いたのは、彼の名前では無かった。

 

 

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