~回想~ 父ニールの懺悔・2
「アデラ王女がアンドリュー・ローランドをご所望されていると?…それはどの筋からの情報だ?」
商人でも無いのにこうして商工会の集まりにたびたび顔を出すのは、能力持ちの家系であるが故、国内を飛び回ることが非常に多く。『各地で得た知識を元に提言して欲しい』と会長が直々に依頼して来るからだ。
一日掛かりの会議を終え、その後は打ち上げという名目の宴会が始まる。そこは貴重な情報収集の場でも有るので、いつも私は深酔いしないよう気を付けていた。
目の前にいる男は宝石商を営んでおり、お抱えの金細工職人がアデラ王女に気に入られたとかで、頻繁に隣国から呼び出しを受けているのだと言う。そこで最近同席することが増えたのが、ローランド家の当主であるアランとその子息のアンドリューで。謁見室の前で待たされていた際に軽く雑談したところ、アランが困り顔でそう話したのだそうだ。
「あっちの国は何つうか、ゴツイのが多いだろ?まあ、武力第一主義のお国柄だから、仕方ないんだろうがな。ほら、アンドリュー・ローランドってのが、ほんと綺麗な顔してるじゃないか。…始まりはな、ガルツィ王国のお偉いさんが我が国に来て、そんときに同行した護衛がアデラ王女の侍女と恋仲だったんだと。その護衛が『あれほどの美男子はそうそういない』ってな土産話を侍女にしたところ、それをまた聞きした王女が国王に強請ってアンドリューを呼び付けたというワケだ」
嫌な予感がした。
覇王に溺愛されているアデラ王女の評判は、あまり芳しくない。我儘で狭量で早くも独裁者の片鱗を見せているのだと。その言動を窘める人間が誰もいないせいで、日に日に横暴になっていくとの噂も流れている。
慌ててアランに連絡を取ろうとしたが、なかなか居所は掴めない。取り敢えず手紙を書いてみたものの『多忙により、いつ読んでくださるかは不明』と侍従に言われる始末。最終手段として宰相に相談したところ、アンドリューとアデラ王女が婚約間近との情報を肯定されてしまった。
それで仕方なくヴェロニカの相手を第二候補のレイモンド・ラングストンに変更したのだが、当然ながらヴェロニカ本人はそれを納得出来るはずもなく。…まあ、それもそうだろう。アンドリューとは相思相愛で、このまま何も無ければ婚約まで進んでいたはずなのだから。
──そう、何も無ければ。
しかし、その『何か』が起きてしまったのだから、娘には諦めて貰うしか無い。きっと大丈夫だろう、レイモンド・ラングストンもなかなかの美男子で性格も明るい。初恋とは得てして叶わないものだと決まっているし、きっと新しい恋が全てを忘れさせてくれるに違いない。
そんな私の考えを嘲笑うかの如く、密かに娘は壊れていった。
レイモンドとは上手くやっていけそうだと笑っていたのに、それはどうやら虚勢だったらしく。アンドリューと初めて出会った森に水を降らし続け、自分でもそれを止めることが出来ないのだと。
「お父様、アンドリューがアデラ王女と婚約するかもしれません」
「ああ。…実は私もその話は聞いていたのだよ」
「王女と婚約だなんて、私はもう会うことすら出来なくなるのですね」
「そ…れは…、だが、あの王女は一旦手にすれば飽きてまたすぐ次の者を欲するに違いない。だから気長にそれを待てば良いのだ」
目を真っ赤にして、ヴェロニカは激しく首を左右に振り続ける。
「そんな不確かな希望を信じられるほど、私は強くありません。それに、私の目から見たアデラ王女は自由奔放で美しい…とても魅力的な女性に思えます。もし、アンドリューが心変わりをしたら?」
「であればもうアンドリューのことは諦めて、ケヴィンとの未来を考えてみればどうだ」
そんなことが出来るはずが無いと知りながら、私は娘にそう提案していた。
私は知っていたのだ、
──レイモンドとの婚約が仮初であることを。
私が彼を娘の婚約者に推した際、国からの許可が下りるのが早かったのはそれなりの理由が有った。実はレイモンドの親友であるアンドリューが事前に口裏を合わせており、父親のアラン経由で国王陛下にそうして欲しいと伝えていたらしい。
アランは陛下の従兄弟で、しかも亡くなった彼の妻は陛下の実妹だ。その要望は他者に比べるとかなり通り易くなっているのだろう。そしてアンドリューも私と同様にアデラ王女の性格を読み、飽きられるのを待つことにしたに違いない。
レイモンドとの婚約は時間稼ぎなのだと分かっていたが、ヴェロニカの衰弱ぶりは日毎酷くなり、森への降水も激しさを増すばかり。
>許せ、ニール。
>このままでは、ヴェロニカ・キッシンジャーを
>罪人として処するしかないのだ。
そして我らに、辛い選択が待ち受けていた。