アンドリューのこと
今更だが、私はアンドリュー・ローランドという人物についてあまり詳しくない。いや、あまりというか、全然である。
何故なら2年前に婚約し、それ以降はあからさまに避けられていたからだ。顔合わせ以降、二人きりで会うことは無かったし、会話を交わした記憶もごく僅かだ。なのにいきなり親交を深めようとしてくるのはどうしてか?
私には皆目見当がつかない。
かと言って、国から認められた婚約者からの誘いを断る理由も見つからず、取り敢えず受けることにはしたが、乗り気でないことは確かだ。いつの間にか日程も5日後の日曜と決定し、それまでにレイモンドがアンドリューに関する前知識を授けてくれることとなった。
「とにかく、人見知りの激しい男なんだよ。しかも常に笑顔で接してくるもんだから、誰もそのことに気付かない。既に知っているだろうけど、ケヴィンとアンドリュー兄弟の母親であるリズ様は、国王陛下の妹姫だったんだが、アンドリューを産んですぐに流行り病で亡くなっている。…ん?この紅茶、なんだか冷めてないか?新しく淹れ直させよう」
最早、私たち専用と化してしまった資料室。
そこにレイモンドは紅茶と茶菓子まで運ばせていた。
「いいえ、このままで結構よ、私は熱過ぎるものが苦手だから。ところで話を元に戻すけど、リズ様はケヴィンにそっくりな容姿だったのよね?昔、誰かが話しているのを聞いたことが有るわ。だからリズ様を溺愛していた国王陛下は、ケヴィンのことも無条件に可愛がっていらっしゃるのだと」
ナプキンで口元を拭いつつ、レイモンドは静かに頷く。
「そうだよ。そして兄弟の父親であるアラン公爵は元・外交官で、とにかく一カ所に留まることが苦手な性格らしい。リズ様の死を機に国外へと足を運ぶ回数は減らしたものの、今度は領主として経済を安定させるため商工業に力を注いだせいで、国内を飛び回ることになってしまった。まだ幼かったアンドリューは父親の顔を殆ど見ることもなく、乳母に育てられ、数年後にはその乳母までリズ様と同じ病で失い。まあ、何と言うか、随分と寂しい幼少期を過ごしたみたいだ」
「まあ、そんなことが有ったのね。だからあんなに…」
ここで私とレイモンドは声を揃えて言った。
「屈折しているんだ」
「屈折しているのね」
誰もが羨むローランド家の次男。
家柄、容姿、学力と全てに於いて一流なのに、ほんのりと自己評価の低さが漂うのは何故なのか?レイモンドに向かって『ヴェロニカとの婚約は破棄しない』と宣言したのも、きっと彼なりに矜持を守る術だったのだろう。
外面は非常に素晴らしいが、その内面は掴みどころが無い。あれほど仲の良かったエミリーとも最近は疎遠らしいし、それを憂う気配すら無いのも不気味だ。
「でもまあとにかく、ローランド家での会食が無事に終わるように祈っているよ。あいつ…ケヴィンもいることだし、何とかなるだろう」
「うん…そうだといいけど」
──そして5日後。
ローランド家から遣わされた馬車に乗り、本邸へと到着した私は真っ先に主であるアラン公爵に向かって挨拶する。
「本日はお招きくださり、有難うございます」
「久しぶりだな、ヴェロニカ嬢。息災にしておったか?」
「はい、お陰様で恙なく過ごしております」
「であれば良かった。誠にすまないが急な来客があってな、晩餐はもう暫く待ってくれ。アンドリューも直に来るだろうから、このままここで待つといい」
ウェイティングルームに1人残され、何とは無しに装飾品を眺めながら室内を歩き回る。異国情緒溢れた絵画や置物が趣味良く並べられており、幾ら見ていても飽きない。
ふと、隣室へ繋がっているらしき扉の前に立ち止まった、その時…
「えっ?!」
突然扉が開いて伸びて来た手に引き込まれ、照明すら点いていない薄闇の中で誰かが私を抱き締めた。
バタン
どうやら扉も閉じられたらしく、真っ暗な中でその人が漸く声を発する。
「会いたかったよ、…ヴェロニカ」
返事をしなかったのではなく、出来なかったのだ。狂おしいほどに深い口づけをされていたから。…ああ、懐かしいこの匂い。無我夢中でその頬を撫でるとその手を掴まれ、掌に優しく唇を押し当てられてしまう。
高ぶる気持ちを抑えながら、やっと私が発せたのはその人の名前だけだ。
「…ケ…ヴィン」




