『それ』
『それ』は、白銀の聖杯で。
『それ』は、いつか来る終の依代で。
『それ』は、薄汚く穢れた罪を めていた。
少女が居た。
偶像の姫として。
少女には王族の血は無かった。
高貴な身分の血も無く、尊まれる立場でも無かった。
それでも、少女は姫だった。
いつか来る終に備えた、"犠牲の偶像"たる姫だった。
窓のない部屋に住む少女は、無垢であり無知であった。
少女は器である。
誰がどんな思いを抱こうと、少女は知らぬ。知れぬ。
故に、穢れを知らず、純真さを知らず。
部屋には灯りがなかったが、何処からか生まれた星によって照らされていた。
少女は、星を知らなかったし、星に対し何も思わない。
微かに輝く星に誘われて、聖なるモノは集まった。
しかし、神性たる純真たる聖者は、己の中に生まれた、情欲や羨望や堕落を畏れ、少女に触れず、忌み嫌った。
穢れ亡き者達には、偶像は要らなかった。
揺めき、昏き静寂に誘われ、邪なるモノは這い寄った。
醜悪たる悪辣たる邪の者達は、内に荒れ狂う、汚くよがれた心が少しだけ沈むのが見えた。
そして、忠誠であり親愛であり情愛を少女に向けた。
光亡き者達には、導きの光たりえる偶像が必要だった。
何故であろうか。
崇高たる賛敬たる"ひづがみ"の使いの獣が少女に逢われたのは。
何故獣は気紛れに依代たる杯を預けたのか。
願い求め哭いたのか。
少女は知らぬ。無垢である。無知である。虚無である。知らぬ。知らぬ。
偶像である故に。代用である故に。何も心に入っておられぬ為に。
星は知らぬ。忌み嫌う聖のモノも知らぬ。信者足り得る邪のモノも知らぬ。
何故天は終を作りたもうたのか。
少女を偶像としたのか。
終が来た。
獣は嗤い、少女は目覚める。
罪が生まれ、清算され、異なるモノへと変わる。
聖は堕落し、邪は反転する。
畏れは罪である。
嫌悪は咎である。
信仰は力である。
忠誠は真である。
少女は願った。
獣が与えた杯に。
『我、犠牲の偶像足りえる姫である。信仰ありし現人神である。故に、蔓延る邪も穢れも身詰めたまへ』と。
ひづがみ─卑百舌神は聞き入れた。
願望器たる杯に終も穢れも偶像も混ぜ。
『それ』となった。
『それ』は、犠牲の偶像の姫たる少女で。
『それ』は、過去に来たりし終の依代で。
『それ』は、薄汚れた穢れの罪を身詰めている。