満ちた龍
遠い、遠い昔に、海の王がいた。
その王は龍の子だったが、龍とは思えないほど弱く小さかった。
だが、龍の子はとても心優しかった。
弱く小さいながらも己の力を全力で使い、海の獣達を助けていた。
次第に獣達からはこう呼ばれ始めた。
"偉大なる心優しき海の王"と。
しかし龍の子は、そう呼ばれようとも自分のやったことに満足することができなかった。
ひとえに自分が弱く小さかったから。
鯨の爺よりも小さく、鮫の婆よりも弱かったから。
書庫の亀よりも無知で、大いなる海のように優しくなれなかったから。
ひたすらに龍の子は努力した。
誰よりも強く、大きく、物知りで、優しくなる為に。
多くの獣たちから学び、海に寄り添い、多くの者を助け、また助けられた。
やがて時が経ち、龍の子は成長し、龍となった。
その身を伸ばせば世界を隠す程に、大きくなった。
陸や天の王ですら恐れる程に、強くなった。
海の事なら知らぬことが無いと言い切れるほど物知りになった。
悪虐非道の海魔でさえ改心させるほどに、心優しく偉大になった。
それでも、龍は満たされなかった。
龍は恨んだ。
成長した自分に満足できない、満たされないこの心を。
龍はひたすらに考え続けた。
魚達を助けていた時も、愚者となった陸の王が海に攻めてきた時までも。
「どうしたら自分は満たされるのか。」と考え続けた。
そして龍は考えついた。
「海を越え、陸を越え、天を越え、宇宙の先の、その向こうにあるはずの、神が居るとされる場所に向かおう。神ならば、私が満ちる方法を知っているはずだ。」
そして龍は、海の獣達を集め言った。
「私は、どうやっても満ち足りることが出来なかった。皆の事が嫌いなわけでは無いんだ、王と認めてくれたことはとても嬉しかった。私だけでは解決出来ない事があった時、皆が助けてくれて本当に嬉しかった。」
覚悟を決めた龍は言った。
「私は、海の、陸の、天の、宇宙の先の、神に会いにいく。私はどうやったら満たされるのか、聞きに行く。王である私が私の都合で海を出るのを許してほしい。」
それを聞いて獣達は言った。
「なにを言っているんですか?王様、私達はずっとあなた助けられてきたんですよ?そんな私達が王様のやりたい事を否定するわけないでしょう!」
「そうだそうだ!」
「どうせなら王様の門出を祝って宴にしよう!」
「お前はただ騒ぎたいだけだろ?」
「違ねぇ!」
「「「「はははははは!」」」」
賑やかな獣達を見て、龍は嬉しくなった。
「さあ!皆のもの!宴だ宴だ!」
宴が終わり皆が寝静まった頃、鯨が龍が言った。
「皆も言っておったが、王は王のしたい事をすれば良い、それがワシらの喜びさ。」
思い出したかの様に鯨は目を開いて言った。
「あぁ、ちゃんと帰ってこいよ龍の子。満たされたからといって帰って来ないなんてことやったら、海の獣総出で神に殴り込みにいくからね。......帰って来たら、それはそれは大きなお祝いをしようじゃないか。」
龍は頷き、眠った。
そして龍は、海を越え、地を越え、天を越え、宇宙すら越えて、神に会いに行った。
龍は神と邂逅し、知る事ができた。
そして、龍は満ちた。
「私は満ち足りる事ができた。皆が待っている。海に還ろう。」
そして━━━━
ある夜に、天が裂けたような音が世界中で鳴り響いた。
多くの生物達が何事かと空を見上げると、空を覆い尽くすような巨大な龍が落下していた。
そして、ついに衝突するかと思われた時、龍は蒼い光に変わって世界に降り注いだ。
人は、世の終わりの前兆だと恐れた。
地の獣は、新たなる獣の王が来るのだと崇め奉った。
天の獣は、我らよりも上、宇宙の獣が怒っていると生贄を捧げた。
様々な種族が龍が堕ちた理由を想像した。
そして、そのどれもが間違っていた。
どれもが全て、間違っていた。
その中で、海の獣達だけが知っていた。
古代から命と記憶を巡らせ続ける海は知っていた。
皆口々に言い合った。
語り合った。
そして、鯨が海の獣達に言った。
「我らが王が満たされた。さあ皆、お祝いの準備をしようじゃないか。」と。
海の中で行われたお祝いは、とても大きく、賑やかで、それはそれは楽しい宴であったらしい。
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