ジルバシュタインの涙
クラビは残った全ての力を込め構えた。
もう目の焦点が合わない程限界に来ているのにその目ははっきりこれまでにないほどに強くしっかりとジルバシュタインを見つめ捉えていた。
もう後はない、失敗すれば死だと言う事を十分すぎる程理解している様に。
ミッシェルは言った。
「あいつ、めずらしく挑発している。でも相手を誘うんじゃなくこれに全てを賭ける様に追い込むために見える。ど、どんな秘策があるのか分からないが。勝算があるのか? 本当は助けたいし俺が代わりに戦いたい。でもさっきから体が震えてろくに動かねえんだ。どうしょうもない弱虫だよ俺は。見下してやってくれ。すまない」
ポートサスは何かに気が付いた。
「もしや!」
「どうしたんですか?」
「彼はあれを出すのか?」
「あれ?」
「実は私はクラビが隠れて新しい技を開発しているのを少しだけ見たんだ。ただ声をかけようかと思ったが見られたくなかったようなのでな」
「何で見られたくなかったんですかね」
ジルバシュタインはクラビの意を汲んだ。
「よかろう。貴様の覚悟に対し俺も騎士道精神で応えよう。次の一発にお互いの全てを賭けようじゃないか。楽しみだ、貴様ほどの相手は初めてだ。勝てば生き負ければ死ぬ。どちらか一方が生きる。実に単純で良いじゃないか。後二分程でどちらかが地の上に立っている事になる。それが勝者だ。こいっ!」
「うおお!」
クラビはうおお! 以上に何も言えなかった。
「俺の角で串刺しにしてやるよ。今度こそ心臓を貫く!」
ジルバシュタインは最後の力を溜めた。
クラビも競う様に溜める。
あまりのパワーに竜巻でも起こりそうな雰囲気だった。
皆が固唾を飲んで見つめる。
いやそれしか出来なかった。
ミッシェルと同じようにクラビ以外怯えで体が動かなかった。
そして遂にジルバシュタインは叫んだ。
これまでで一番大きく。
「うおおおお!」
そしてクラビも力が溜まった。
ジルバシュタインは大地を蹴った。
クラビは迎え撃ち鉄拳を出した。
それはこれまでにないものだった。
ジルバシュタインは一瞬でそれを感じ取った。
「何だ?」
クラビが叫んだ。
「勇者の魂・怒りの鉄拳最強版『究極の衝撃』!」
「えっ⁉」
皆技名でいつもと違うと分かったがそれ以外も、感じるパワーも全てが違った。
様子がおかしいと思いながらも渾身の力で突進するジルバシュタイン。
しかし、少しだけ迷いと恐怖が生じた。
その僅かな隙にクラビの拳が決まった。
顔を殴られジルバシュタインは吹き飛ばされた。
騒然となった。
「勝った?」
「あんなとんでもない技を?」
アイムは言った。
「あの技は勇者スキルリストに確かにある。記憶を取り戻したのね」
クラビは力尽きうつぶせに倒れた。
ところがジルバシュタインは起き上がった。
ふらふらであっても。
「な⁉」
ジルバシュタインは苦しみながら誇った。
「勝ったぞ! 貴様の技は凄まじかったが俺が上だった様だ。残るは貴様らの番だ」
「クラビ」
皆希望を失いかけた。
ところがアンドレイの声が響いた。
「馬鹿者! 奴は全ての力を出していない! 貴様の命を取らない為加減したのだ! それに助けられただけだ!」
ボジャックは言った。
「あいつこんな時まで相手の命に配慮して」
ジルバシュタインはうろたえた。
「そ、そんな!」
アンドレイは言った。
「貴様は負けたのだ。よって処刑する」
「そんな!」
雷が無情に落ちた。
ところがジルバシュタインは無傷だった。
「あれ?」
ところがアンドレイは言った。
「貴様は恥をさらした。よって雷ではなく毒で永遠に苦しめ」
「うあああ!」
ジルバシュタインは激痛に転げた。
「ひ、ひでえ」
クラビは立ち上がった。
「アンドレイ! 貴様には血も涙も心もないのか! 出てこい!」
アンドレイは答えなかった。
ジルバシュタインは叫んだ。
いや懇願だった。
「クラビ! この毒は永遠に続く。お前の力でとどめを刺してくれ! 解放してくれ!」
「!」
クラビは迷った。
しかしもう時間がない。
そして拳を放った。
拳はジルバシュタインの腹を完全に貫いた。
「ありがとう。これで安らかに死ねる。一度は俺を救ってくれてありがとう」
「!」
「アンドレイの様に最低の男の下になった為に俺の人生は不幸しかなかった。お前と友になり冒険出来たら楽しかったろう。アンドレイを倒してくれ」
「!」
ジルバシュタインは涙を流した。
クラビも涙を流し亡骸を抱きしめた。
アイムは言った。
「太陽光線エネルギーを還元すればかなり傷と体力を回復できるわ」
ボジャックは言った。
「これからは俺達の出番だ。必ずクラビを無傷でアンドレイの元へ送って見せる」
クラビは言った。
「よし、ちょっくら一走り世界を救いに行くか!」




