素直に喜べない
「じゃあ僕はこれで。」
彼の電車の停車駅がアナウンスされ、立ち上がり私にそう言う。
「ツッキー。今日は本当にありがとね。あっ....お金!」
私は急いで財布を取り出す。彼は私の手に触れた。
「払わなくていいですよ。僕が先輩と食べたかっただけですから。」
私は自然と笑みをこぼす。私達はお互い手を振った。
ツッキー。ありがとう。今度またケーキ食べに行こうね。私はそう思いながら、グラデーションになっている美しい夕空を見つめていた。
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「光輝。ケーキは買ってきた?」
家に帰った僕は、玄関にいる母親にそう言われる。靴を脱ぎながら「うーん」といいながらごまかす。
「明日、彼女がくるんだから準備しておきなさい。月城家を継ぐ大事な儀式なんだから。あなたはここを継いで、社長になるのよ。」
僕は生まれたその瞬間から、将来が決まっている。父親の会社を継いで社長になる。小さい頃からずっと言われてきた。
小さい頃から勉強を強制され、父親の会社を見に行ったり...。そしてこの家に生まれてきた以上『僕の相手』が決まる。
「あの子、お嬢様だから挨拶ちゃんとしておきなさい。甘いもの好きみたいだからしっかり買ってきたわよね?気に入られなかったら終わりだからね。」
「ケーキは...買ってないよ。」
僕の言葉に母親が目を丸くする。
「どうしてよ。もう会わないって言いたいの?」
「うん。僕は...もう」
あのときとは違うんだ。そう言おうとしたけれど、話すのをやめた。お金持ちに生まれて裕福で羨ましいって何度も言われきたが、そんなに幸せではない。僕には自由がない。
先輩の顔が浮かぶ。先輩が、僕の相手だったらいいのに...。
叶うはずのない願いでも、僕は信じたかった。
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家に帰り、いつものように推しを拝む。
去年のライブ映像を見る。今日も今日とて推しが本当に美しい。
ファンサがとてもよく、観客にウインクをする。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ありがとうございますっっっっ!!」
私は自分がされているわけではないのに、必死に土下座をする。
ペンライト振るかぁ。
私は家に何個もあるペンライトのうちの一つを取り、上下に振ろうとする。
その瞬間、携帯から着信音が聞こえた。
誰だろう...。
名前を見ると、沙緒里さんだった。
「もっ、もしもし?」
私はさっきまでのテンションを抑え、落ち着いて声を出す。
「姫乃ちゃん...。」
「沙緒里さん?ど、どうかしましたか?」
彼女の声はいつもの力強い声ではなく、申し訳なさそうな弱い声だった。私は部屋のカーテンを閉めようとすると、外に沙緒里さんがいた。ちょうど家から帰ってきたんだ。
私は勢いよく窓を開け、彼女にきこえるように大声で叫んだ。彼女は電話からも両方聞こえたのかビックリした表情で、私を見つめる。
私は左右に手を振り、沙緒里さんの方へ向かった。勢いよく走ったせいか、彼女の目の前についた瞬間、思わず息切れをしてしまう。
「どうして...。」
彼女はうつむいていた。
「だって、沙緒里さんがいつもと違ったから...。心配で..」
「よく...わかったわね。ここじゃなんだし、家入って。」
彼女の家につくと、泉谷がお茶を出す。
「おれは二階にいかないといけないのか?」
「ごめんね、大和。」
沙緒里さんは申し訳なさそうに彼にお願いした。
彼の階段の登る音が聞こえなくなった後、沙緒里さんはお茶を一口飲み、咳払いをする。
「姫乃ちゃん、実は私雷雅と...」
彼女がそういいかけて私はすべてを知った気がした。なんだかその先何と言うのか分かったのだ。
「付き合っているの。結婚を前提に。」
うん。そう来ると思った。なんだか予想できてしまった。私は口直しにお茶をゴクリと飲み込む。
気まずい空気が流れるなか、お茶に映る自分の顔を見つめる。
「どうして、私に言うんですか?」
「姫乃ちゃんが昔から雷雅のことが好きだったこと知ってたから。なんだか申し訳なくて...。言わなきゃ言わなきゃって思ってたんだけど、なかなか言えなくて。私の口から言わないとってずっと思ってたの。ごめんなさい。」
彼女は私の顔を真剣に見つめ、頭を下げる。
「どうして私に謝る必要があるんですか?私にとっては、大好きな人同士が結ばれるなんて本当に嬉しいです。おめでとうございます。ちなみにいつからですか?お付き合いは」
「....少し前。お互い人気が出てから少したったあと。」
そうだったんだ。
わたしってば全然知らずに、LAIGA様のことばかり沙緒里さんにいってて、彼女にとってはきっと迷惑だったのに。今までの自分の行いが恥ずかしく思えてしまう。
「そうだったんですね。結婚したら呼んでくださいね?」
笑わないと。私は完璧な人間じゃないといけないんだ。
大好きな人同士が一緒になるなんて、私にとってこれ以上幸せなことはないはずだよ...?絶対そうなはずなのに。
涙を必死にこらえ、笑顔を作る。
「ありがとう。姫乃ちゃん。言っておいて本当に良かったわ。仲が壊れると思ってどうしようかと思った。それにまだ結婚はしないわよ。お互い、仕事が落ち着いたらっていう話になってる。」
彼女は幸せそうな表情をしていた。
ほら。ここで私が泣いたら空気を壊してしまう。
「そうだったんですか。あ、私夕飯の時間なのでもう戻りますね。今日は幸せな御報告、ありがとうございました。また、聞かせてくださいね。」
また私嘘をついてしまう。
嘘をつくのがうまくなってしまった。情けないな、私。私は急いで泉谷の家を飛びだす。
自分の家と隣なはずなのに、足が出ない。一歩踏み出すことができない。さっきまでこらえていた涙が次々に溢れてくる。
喉の奥が熱い。苦しい。どうして。幸せを祝えないなんて最低だ。私。
こんな自分が本当に嫌になる。ダメだ。泣いたら、ここで泣いたら私は...。
必死に涙を拭くのに、収まらない。私は足を引きずりながら家へと戻った。