君とみた夜空
「上島さん。今日はごめんね。私いつもすぐ怒るから。嫌だって思ったよね...。」
帰りの電車。彼女は夕焼けを見ながらそう話す。
夕日が私たちを照らす。
「私がそんな風に思われてたとは驚いたよ。でも本音が聞けて嬉しかった。ありがとう。」
彼女は優しく微笑んでいた。彼女が降りる駅の名前がアナウンスされお互い手を振った。
「ひ....ひめのちゃ....ん...」
小声に私にそう言う。私は聞き取れなかったので「ん?」と目を丸くする。
「姫乃ちゃん!って呼んでいい!?」
彼女は赤面していた。そういえばクラスでも全員のことを名字+さん付けしてたっけ。初めてクラスメイトに名前を呼ぶから緊張していたのかな。
私は彼女に笑顔で返す。
「もちろん!!いいよ!」
彼女はパッと明るくなりニコニコしながら電車を出た。心音ちゃんの一途な恋がどうか実りますように_。
告白は断ったが私と泉谷は今までと変わらず今の関係を保ち続けていた。
今日は塾の日だ。チャイムがなる。私は席に座り、今日使う教材を取り出した。
「やぁ。上島さん。」
隣を見ると村瀬くんが私に手を振る。今日も制服だった。
「やっほ村瀬くん。塾入ることにした??」
村瀬くんはまだ塾の体験生だ。入塾するのかとても気になる。だが予備校だけあって受講費、入塾費は大分かかる。入ってくれたらもっと楽しくなるが、強制するわけにはいかない。
「うん。上島さんもいるし、なんだか楽しそうだから。親も承諾してくれたからね。」
しばらくして塾の先生が授業するために教室に入ってきた。
「じゃあ今日も頑張ろうね。授業難しいけど!」
村瀬くんはペン回しをしながらそういった。
「そうだね!」
私はそう言いながら先生がかく文字を見つめる。
空気が一気に静かになる。皆集中してノートを写している。
1フレーズ、1フレーズ、聞き逃さないようにしないと。気がついたらまるで先生と私しかいないような一対一の授業をしているようだった。
「はぁ~...」
授業が終わり私は思わずため息をついてしまう。
「仕方ないよ。今日の授業難しかったし。」
村瀬くんは苦笑いをする。
そう。今日の授業が難しすぎて確認テスト、ひどい点数をとってしまった。そのため補習である。
村瀬くんのことはきっと本当なのであろう。教室の周りを見ると結構補習で残っている人がいた。
「村瀬くんも補習?」
「ううん。僕はお弁当持ってきちゃったし、復習でもするよ。」
村瀬くんはお弁当を取り出す。
そうだ。私も今日は帰りが遅くなりそうだったからお弁当を持ってきたんだった。私もお弁当を取り出し、「いただきます」と手を合わせる。
私は彼にさりげなく卵焼きをプレゼントしてあげた。
「卵焼き...?」
驚いた彼に私はくすくすと笑う。
「この前ハンバーグ私貰っちゃったし。今回はそのお礼。この卵焼き結構うまくできたから村瀬くんに食べてほしいんだ。」
彼は私があげた卵焼きを箸でつまみ、じっと見つめる。
「本当だ。良い色だね、いただきます。」
彼はゆっくりと卵焼きを口の中にいれる。
「美味しい。卵焼き僕、大好物なんだ。ありがとう。上島さん。」
嬉しそうに食べてくれ、気分がよい。
「うん!」
私は元気に返事をした。
「上島さん、疲れちゃったのかい?ここで寝ちゃダメだよ?」
約40分後、夜ご飯を食べ終わったせいか私は教室で寝てしまった。
補習で残っている人が残り少なくなってしまったので、静かになったせいか私は思わず目を瞑ってしまった。
「上島さん。起きないと。」
彼は一生懸命姫乃の体を揺する。だがピクリともしない。目をゆっくりと開けると村瀬くんの顔が近距離にあった。
それはいつもと違うなにかを思う切なそうな顔をしていた。夜空のような目が美しい。彼はなにもいわず私の顔にかかる長い髪の毛を耳にかける。しばらくして、自分が塾で寝ていたことに気がついた。
「わ!私寝てたごめん!」
咄嗟にハンカチで口を拭く。
彼は首を横に振りながら、教科書を開く。
「さぁ、上島さん!あとどれぐらいで終わるの?終わらないと家に帰れないよ。僕も手伝うから頑張ろう。ね?」
私は眠い目を擦りながらシャーペンを持ち、問題にとりかかった。
「やっ....」
私は最後の文字を書き終わると伸びをし始める。
「やっと終わったー!!!」
私のやりきった声を聞き、彼は笑顔でパチパチ手をたたく。
「おめでとう。上島さん。さぁ時間も時間だし、帰ろうか。」
彼は帰りの準備をする。時計を見ると塾が閉まる時間に近かった。私も急いで鞄のなかに教材や筆記用具をしまった。
塾の帰り道。もう真っ暗だ。いくら日が長くなったからといって遅い時間になると一気に暗くなる。
「上島さんはバスでここまで来てるんだ。」
どうやら村瀬くんは自転車で来ているようだった。自転車を引きながら私にそう話す。
「うん。次のバスの時間は....え?15分後!?」
思ったより待ち時間がある。待つのが面倒だが仕方がない。いつもはそんなに待たないのに。バスの時刻にあわせて家を出発しているからだろうか。
「じゃあね村瀬くん。私ここでバス待つから。」
私が彼に手をふっても帰ろうとはしない。
「15分まつとか嫌じゃない?それに女の子が人気のないところにいるのは心配だよ。」
「心配しなくて大丈夫。私被害あったことないから」
私は笑顔でピースサインをした。だが彼の表情は一ミリも変わらなかった。
「ダメだ。僕心配だよ。ほら後ろにのって。」
なんと村瀬くんの後ろに乗るという意味だった。私は一歩後ろに下がる。
「あ、座るの抵抗ある?ちょっと待っててね。」
彼は上着を脱ぎ、荷台にしいた。
「あ....私本当に大丈夫だから。それに重いし。」
「いいよ。はい。荷物いれるね。」
私は彼に言われるままに鞄を渡した。体重が急にかからないようにそっと荷台の上に座った。
「じゃあスピード出すよ。ちなみに家はどこ?」
「自転車だと20分くらい。近くに駄菓子屋さんがある。」
「了解。昔、そこで遊んだことがあるから分かるな。それじゃ出発するよ。」
少しずつスピードが速くなる。町の景色がきれいだ。家の電気がついていたり、ついていなかったり....。会社帰りの人、母親と一緒にいる子供....。
こう見ると一人一人違った人生の物語があるんだなとしみじみ感じさせられる。
というか思ったよりスピードが速い。心臓がフワッとなる感覚。
景色がはっきりと見えない。
「む、村瀬くん待って!!」
私は彼に大声を出す。
私の言うままに急ブレーキをかけた。振動で前に体重がかかる。
「どうしたの?」
「お、思ったよりスピードが速くて...。」
彼は私の手を触った。
「ほらこうしてないとダメだよ?危ないから。」
私は彼の腰に手を回した。
「僕こそスピード出しすぎちゃってごめんね。じゃあゆっくりいくから。危ないからしっかりつかまっててよ?」
彼の言葉に私は無言で頷いた。
先ほどよりすごくスピードがゆっくりになる。
「自転車でこぎながら風に当たるの、気持ちいいね。」
彼が後ろを向き私にそう言う。
今日は6月にしては涼しめで風が少しだけ冷たい。だが、肌に直接当たるので寒く感じる。
「あっ...。月_。」
気がついたら私は空を見上げていた。
今日は朝から雲一つない快晴であった。それに加え満月の夜だった。
光輝く月が私たちを照らす。
「本当だ。月、きれいだね。星も見える。ほら、あそこ。」
夜空色の瞳の彼が夜空を見つめている。なんだか不思議な感じだ。目がキラキラと光っている。
「私、月好きなんだ。月ってさ日に日に姿、形を変えるじゃん?私それを見るのが大好きなの。」
「なんだかわかる気がする。」
彼は静かに同意をする。
「きれいな月とかつい写真撮っちゃうんだよね。それでさ写真を撮ってるその瞬間、同じようにこの地球の誰かも月を見つめているのかなって考えるの。」
「そうだね。夜ってなんだか不思議な気持ちになるね。」
そういって彼は自然と口角が上がっていた。
「ここの家であってる?」
彼は家の表札を確認しながら、自転車にブレーキをかける。
「うん。よくわかったね。ありがとう。」
私は下に敷いていた村瀬くんの上着を取り、バサバサとはらう。
「この上着、洗って返すね。えっと、いつが良い?」
私は上着を畳み、ゆっくり自転車を降りる。
「ううん。気にしなくて大丈夫だよ。はいこれ鞄。おやすみなさい。」
彼はそういって自転車をこぎ始めた。