ライブより大事なこと
沙緒理さんのライブの日になった。そして泉谷の県大会予選の日__。
ライブの参戦服は昨日買ったブランド物の服を着ることにした。さすが高いだけあり、生地が丈夫そうだ。着やすく動きやすい。
私は勢いよくドアを飛び出し、ライブ会場に向かった。
会場は私の家から遠くない。電車で15分先の場所の大きめな屋内施設で行われる。新曲も披露するようなのでものすごく楽しみだ。
電車に乗り、降りるまで沙緒理さんの音楽をイアホンで聞いていた。
ライブ会場についた。さすが今注目のロックアイドルだけあり、すごい人だ。男女比は半々だろうか。老若男女から愛されているなと感じる。
席はなんとS席だった。チケットを見て思わず発狂しそうになった。沙緒理さん、ありがとう!!
しばらくすると、照明が消えファンたちはペンライトをふりはじめる。
沙緒理さんがステージから出てきた。その瞬間観客にいる全員が歓声をあげる。
もちろん私も、思い切りペンライトを振った。最初はどんな人もしっているドラマの主題歌となったあの曲だ。
サビになると皆ノリノリで、掛け声をあげていた。S席だけあって、ステージの華やかさ、沙緒理さんの美しさがよく見える。私はジャンプをしたり、彼女の名前を叫んだりした。
「今日は私の自慢の弟が部活の試合にいっています!!弟に届くように次は応援ソングを歌いたいと思います!!!」
沙緒理さんの言葉を聞き、ファンたちはさらに歓声が高くなる。しかし、私は一瞬だけ音がなにも聞こえなくなったような気がした。
「君のためのエール。誰よりも頑張っていた貴方に届いてほしい。暗闇のなか皆を照らす月のように輝く君に__。」
沙緒理さんは音楽にのせノリノリで歌っている。そうだ。泉谷は今頃、県大会出場を目指して戦っているんだ。
きっと私は誰よりも彼の頑張りを近くで見ていた。
近くの公園で自主練したり、家でサッカーボールを磨いていたり、まだ日が出ていない時間に起きて、ランニングしていたり...。
私はその姿をずっと見ていた。
ずっと。近くで。
そんな彼が今戦っている。
今日のために必死でやってきた。
彼の努力をずっと見てたのに私は見に行かなくてよかったのだろうか。本当によかったのか。
自分で自分に聞くが、答えは決まっている。
『泉谷を応援したい。勝ってほしい。』
その想いに気づいた私は、気がついたらライブ会場をあとにし、泉谷が今やっている試合会場に向けがむしゃらに走った。
暑い日差しの中私は日焼けも気にせずにただひたすらに走った。
快速急行の電車に乗り腕時計で時間を確認する。
絶対に間に合う。お願い。
私はひたすら願った。
降りる駅がアナウンスされドアが開いたときすぐに走り始める。駅からはあまり遠くないはずだ。私はGoogleマップを開き、案内された方向に走り続ける。
生暖かい息を吸い込む。私は流れる汗をふきながら前に前に進み続けた。
「はぁっ...!」
目を開けるとどうやらついたようだ。席を探しながら泉谷の姿を探す。
いた。
敵からボールを奪おうとしている。得点を見ると私たちの学校が劣勢だった。
勝ってほしい。
私の純粋な思いが届いてほしい。
「泉谷ーーーー!!!!!!!頑張ってーーー!!!!!」
私は彼に聞こえるように今まで出したことのない声量をあげた。
「負けちゃだめでしょーーーーー!!!!」
もう周りがどう思ってるかどうでもいい。とにかくあんなに頑張っていたから点をとってほしい。
一点でも、多く。
私は空いている席に座り彼を追っていた。彼は私の声に気づいたのか、敵からボールを奪った。私は目を輝かせる。とっさに立ち上がり、彼にエールを送る。
「そのまま点数とっちゃえ!!!!いけー!!泉谷!!!」
彼はものすごい勢いで走り、敵を器用によけそのままネットにゴールインした。
私たちの高校を応援している観客が歓声をあげる。
私はその後もずっと応援し続けた。
試合が終わった。残念ながら私たちの高校は、全国大会に出場することはできなかった。
おそらく三年生だろう。涙が流れるのを我慢し、相手チームと握手をしていた。
二年生は思いっきり泣いている人もいた。
私は一人でにずっと拍手をし、心から応援して良かったと思えた。
観客は残念そうにとぼとぼと帰っていった。
私は泉谷に言わないといけないことがあるので彼が来るまで待っていた。
「上島さん。」
後ろから肩をたたかれる。心音ちゃんだった。
服装はもちろん、雰囲気、髪型といい全てが可愛らしかった。バックはピクニックに持っていくようなガーリーな籠を持っていた。
中身は空のようだ。きっと泉谷に差し入れを渡したんだろう。
「試合見に来てたんだね。声ですぐにわかった。予定があるのにどうして見にこれたの?」
「やっぱり泉谷を応援しないといけないって思ったの。」
「どうして?まさか本当に大和くんのこと..」
私は迷わず彼女に伝える。
「泉谷は私の大切な友達なんだ。」
彼女はうつむき、口を尖らせる。しかし私は話を続ける。
「いい忘れてたけど私、泉谷と一緒に登下校したい。心音ちゃんの願い、叶えられなくてごめん。」
「もういい。上島さんのことはよくわかったよ。本当は好きなんでしょ。そうやっていいこぶってさ。」
「え?」
彼女は何か勘違いをしているようだ。誤解を解くために話したいのだが彼女は私の話す隙を見せない。
「ずっと思ってた。男子にも女子にも人気があってさ、いろんなひとにニコニコしちゃって。何が目的なわけ?」
何が目的...。私は無意識に顎を撫でる。目的なんてわからない。
「お前ら何してるの?」
その時、泉谷が私たちの会話に入る。見渡すと、もう私たち以外に観客はいなくなっていた。彼は今日の部活は終わったのだろう。普段着に戻っている。
私は泉谷に話さないといけないことがあった。
心音ちゃんがいると少し気まずいが、そんなこと考えても今はどうしようもない。仕方がないのでここで話すことにした。
「泉谷。」
私は彼の名前を呼ぶ。
もう迷わない。
私のなかでの答えは決まっている。
私は真剣な眼差しで彼を見つめた。
「泉谷とは付き合えない。私のなかでの泉谷は大切な友達なの。だから、これからもこの関係は壊したくない。嬉しかったけど気持ちにはこたえられない。ごめんなさい。」
「...そうかよ。知ってたよ。そんなの。」
彼は恥ずかしいのか苦笑いをしていた。
心音ちゃんは気まずそうにどこか他の方向を見つめる。
「じゃあ俺行くわ。部活の打ち上げあるし。あ、星川。差し入れ、サンキュな。」
彼は私たちにそう言い、帰ってしまった。
心音ちゃんは彼の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「....上島さん。本当に大和くんと付き合わないんだね...。」
誰もいない中彼女はポツリと呟く。
「うん。恋愛としては見れないんだ。登下校は無理だけどさ、それ以外なら協力できるから何でもいいよ。」
「何なの。変な人。私とはわかり合えないかも。」
「まあ、そうだよね。じゃあ、私が泉谷に心音ちゃんと付き合ったら?って話でもしとこうか?」
私はニヤニヤしながら話す。私の言葉に彼女はすぐ赤面していた。
「や、やめて!そんなこと恥ずかしいよ!」
私たちは目を合わせとっさに笑った。