第二十話「恋人」
馬で駆けること半日。
二人はロンダルギアに到着した。
スパイラルマウンテンと呼ばれる山を馬で周りながら駆け上がる事は可能だった。
目指すはキアラスが待つ、天空の城である。
ここ想像世界は剣と魔法が支配する世界。
そして弱肉強食の過酷な世界であるとリョーマは徐々に認識し始めていた。
そして目にするキャンディスの微笑。
スパイラルマウンテンの中間地点で、木の上で膝をブラブラさせていた。
「魔術を教わる気になった?予言の戦士」
キャンディスから放たれる強力な魔力。
剣を抜いたのはアレクだった。
レイヴンの時もそうだったが、対立関係にある彼ら。
アレクサンダーの口から「西側諸国の奴だな?」との言葉が飛び出す。
「フフッ。そうだよ。城で待機していたキアラスはサルデアに連行させた。助けに行きたければ行けば?出来ればだけど」
キャンディスの手の平から突風が巻き起こった。
後にリョーマはこの技を風属性下級魔法「インパクト」と理解する。
それはさて置き、突風は正に飛びかかろうとしていたアレクの身体にぶつかった。
後方に押し飛ばされるアレク。
リョーマも思わず剣を抜いた。
「予言の子まで私と敵対するの?良いの?魔術を教わらないで」
(確かに魔術を教わりたいのは山々だが、キアラスを連行させた奴を許せるかよ!)
リョーマは一気に距離を詰めた。
後ろで馬がブルルっと震えるのが聞こえた。
自分はーー東側サイドに付く。
悪いがその杖を奪わせてもらう!
そうキャンディスは片手に金色の杖を身につけていた。
それさえ奪えば例え魔術を教わらなくてもそこそこ戦えるはず。
そして幼いキャンディスにはトドメはさせないかもしれない。
疾風斬り。
素早い身のこなしの早業を、リョーマはこの時憶えた。
直ぐさまキャンディスの杖を剣ではたき落とし、呪文を唱える前に剣を喉元に突きつける。
「へぇーやるじゃん」
キャンディスはまるで死を恐れていない様子だった。
三千年間生き続けて、それを願っている節すらあった。
リョーマはアレクの方を見つめた。
コクリと頷く彼が見える。
ザンッ
リョーマはキャンディスの首を刎ねた。
頭が別の生き物のように転がり落ちる。
シルバーウィンド姉妹に続きキャンディスまでも殺した。
自分はキアラスを助けに行く。
その為には天空の城の庭から続く、鏡の部屋へ行く必要があった。
金色の杖を拾い上げる。
アレク曰く、グレンウォンドという神々の杖らしかった。
入手難易度は星四つ。
ちょっとやそっとでは手に入らない代物だという話だ。
キャンディスは自ら死を選んだのか?
分からない。
確かな事はこの杖がアルマゲドン討伐に一役買える事。
そして東側諸国の旗の元に立ち、先ずはキアラスを助け出す事だった。
アレクは右手首を押さえていた。
「インパクトを喰らった時、変な手のつき方をして折れたらしい。白魔道士が来るまで俺は天空の城で待機させてもらう」
頷く。
もはや誰の助けも宛てにならない。
自分の力を信じ、この非情な世界を生き延びる。
アレクと一旦別れ、天空の城の庭についた。
そこで目にしたのは銀髪の女性だった。
メタスの王女程ではないが美人だ。
彼女の名はメリア・ヴァーナント。
竜使いがリョーマの噂を聞きつけ、東の魔女討伐に名乗りをあげたらしい。
メリアはリョーマと同じ二十歳でやはり幻影だった。
「アタシは西側諸国の人間だったの。でも……この際そんな事情はどうだっていい。平和を実現したいの」
この女性と手を組めばキアラスを助け出せる可能性は格段にアップする。
なんせ竜使いだ。
手にした武器はドラゴンロッドと言い銀色だった。
「俺が元の世界に戻る方法は?」
思わずメリアに尋ねていた。
「ゲートを開くことに成功したのはこの世界では二人だけ。マンティコア・ライデンとキャンディス・ミカエラよ」
なんてこった。
キャンディスは先程始末してしまった。
おまけにマンティコアは猛獣の姿でちょっとやそっと頼んだところでゲートは開けまい。
ならば自分で……!
このグレンウォンドを駆使してキャンディスにも並ぶ魔力を注入すれば或いはと言う話だった。
アレクサンダーが被りを振る。
それだけゲートを開くのは至難の技という訳か。
「この庭から通じる空間に鏡の部屋がある。そこからならサルデアに瞬時に移動する事が可能だ」
キアラスの為の移動。
既に幻影である彼女を助けに行って死ぬことにはならないか。
(失望したよアレク。手が折れただけで休むなんて……)
リョーマは平和な日本育ちだった。
だが生まれ持ったハートはそれとは関係しない。
例え片腕を無くそうとも、無事元の世界に帰り咲いてやる。
リョーマとメリアは梯子を下った。
二度目に拝見する英雄レナ・ボナパルトの銅像。
メリアは面識があるようだった。
これから向かうサルデアはレナが最初にたどり着いた場所。
自分の場合はロンダルギアだったが、遥か西に聳える孤島に彼の幻影も居るかもしれないという噂だ。
メリアはレナに複雑な感情を抱いているようだが、深くは詮索しまい。
取り敢えずキアラスの身の安全を計る事だった。
「君から魔術を教わる事はできるか?」
「ちょっとならね。取り敢えずサルデアでもっと良い人探してみて」
頷きサルデア行きの鏡の前に立つ。
ミルナ島と呼ばれる西の孤島に聳えるその国は現在幽霊が支配していると言う。
少しばかりの緊張と嫌悪感を払い落とし、リョーマは鏡の奥へと進み寄った。
たどり着いたのは砂地。
メリアによるとサルデアの北東部に位置するらしい。
此処から西へ向かったところに、首都マゼラの幽霊城は存在するそうだった。
それにしても気温が低い。
太陽が薄らとしか出ていないのがその理由だが、メリアのターゲットである魔女の仕業だ。
いつか魔女やアルマゲドンとも対峙する……。
とんでもない強敵との戦いとなりそうだが、禁断の果実を口にし神々の娘たちを殺した自分にとって、失う物は何も無かった。
そんな中メリアという明るい娘の存在はちょっとした癒しになっていたのも事実で早くもリョーマは惹かれ始めていた。
メタスの王女に比べて知性はある。
竜使いと肩書きも立派だ。
そして何より波長が合う。
これがメリアへの第一印象だった。
まるで別世界で生まれたとは思えないような安心感に似た感情。
リョーマは一瞬手を繋ぎそうになったのを自制し「眠いな」とだけ言った。
もう昼間だが昨日の真夜中から起きているリョーマ。
アレクの方は今頃寝てるだろう。
それを聞き「早くマゼラに向かいましょ」とメリアは言った。
サルデアの首都マゼラ。
クレイモアのような要塞都市という訳ではないようだが、アカツキ・リョーマにとって容易く足を踏み入れられる場所とは限らない。
それでもキアラスの為、向かうべきだった。
「ん?何だアレは」
見れば神殿の入り口のようなものが見えた。
メリア曰く創造神と関係のある地下に造られた建物だと言う。
つまり敵ーーリョーマにとって都合の悪い場所である事は確かだ。
「俺は立ち寄らない方が良いかな?」
「ええ。どうせキアラスって人はそこにはいないでしょうし」
だがふと好奇心がリョーマの脳裏を彷徨った。
行って銅像をぶっ壊してやる。
どこから現れたかも分からない破壊的衝動はメリアへのアピールか。
謎の好奇心に導かれリョーマは神殿へと足を踏み入れた。
そして左右の獅子の銅像の頭を剣で飛ばす。
奥の女神の銅像に中指を立てた。
メリアは沈黙を保っているが、若干引いている。
それでもした事に後悔はなかった。
神々を恐れてはこの先へは進めない。
帰ろうとしたその時だった。
空間の隅に、幻影。
暗くて直ぐには見つけられなかった訳だが、どうやら此方を睨んで殺気立っている。
獅子の銅像を壊した事が原因だった。
「とんでもない罰当たりな行いですわ!悔い改めなさい!」
メリアが「イザベルという西の占い師よ」と囁くのが聞こえた。
キアラスと同じく先を見通せるのか。
その情報はリョーマを沸かせた。
とは言えイザベルは敵意剥き出しで此方を見ている。
「魔女やアルマゲドンを倒す旅なんだ。仲間にならないか?」
「アルマゲドンを倒すですって?そうすればマンティコアは消えます。キャンディス亡き今、ゲートを生み出す存在がなくなってしまいますわ」
「だから自分でゲートを生み出すんだよ」
リョーマは金色のグレンウォンドを見せつけた。
「俺はキアラス曰く『予言の子』だ。アンタとマンティコアには恨みはねーが……俺は東側に付く。もう決めた事だ」
「レナに代わる予言の子は西と東の統合を可能にすると言います。ですが私が貴方に助力しないのも道理。今日のところは去りなさい」
「じゃあ最後に一つ!レナ・ボナパルトはどこにいるんだ?」
「現在は大陸の北のスノウランドに身を潜めています。貴方を待っているのかも」
「そうか……分かった。ありがとう。メタスにいるマンティコアに出会えるといいな」
「今は私でさえも食おうとするでしょう。近づけません。だからせめてここで祈りでも捧げようと思って」
「……銅像の事は悪かった。じゃあな」
リョーマとメリアはイザベル・クロウに別れを告げ、神殿を跡にした。
「万が一の事があったらドラゴンを呼んで引き返せるから。先ずはマゼラに向かいましょ」
「あ、ああ……」
頼もしいな。
ある意味お馬鹿なアレクより心強い存在だ。
メリアは自分以外の異世界人レナについてメリアに尋ねてみることにした。
「昔ね……惹かれてたの。でもレナは他の女性が好きだった。ハーフエルフ『ナオミブラスト』」
メリアの口調は少し寂しげだった。
それにしてもこの世界にはエルフも存在するのか。
リョーマは早くもナオミにも関心が向き始めていた。
とは言え目の前にいるメリアへの恋心とは違う、純粋な関心だった。
メリアが話を続ける。
「レナってサッカー選手だったのよ。知ってる?」
三千年前にサッカーなんて存在しない。
やはり想像世界と現実世界では時間の進みが違うのか……?
何にせよその二人には会ってみるべきだった。
メリアへの一目惚れ。
彼女は自分の噂を聞き、自らロンダルギアを訪ねてきた。
護ってやる。
この先どんな強敵が来ようと
「俺がお前を護ってやる」
思わず口に出していた。
メリアがクスリと笑うのが見えた。
同じ二十歳同士、恋愛に駆け引きは無しだ。
この俺が。
予言の子の名に賭けてメリア・ヴァーナントを護ってやる。
リョーマはそう決心し砂地を歩いてはメリアの呼び出した黒竜に乗り、サルデアの首都マゼラ上空に達していくのだった。
中央に見える城にキアラスがいるのかは分からないが、攻め込むしかない。
ガララギャアアァン!
雄叫びと共にサルデア城入口に着陸する黒竜。
西側諸国の人間がどれほど住み着いているかは推定できないが、己の剣を血に染める覚悟は出来ている。
それにしても神殿で男らしさをアピールしようと思ったのは失敗だったか。
まあいい。
リョーマは黒竜の背中から飛び降りた。
メリアのドラゴンロッドは竜と心を通わす事を可能にするようだから驚きだ。
自分もいつか召喚獣を……。
左手に握りしめた金色のグレンウォンドはまだ未使用のままだ。
死を受けいれたキャンディス、来世また会おう!
リョーマは今や幽霊城と噂されるサルデア城の門を開けた。
中はシーンと静まりかえっている。
「キアラス、何処だ返事しろ」と一応声をあげてみるが通じない。
妙だな……。
メリアはサルデア城内部に詳しいようで、彼女の指示通り上を目指す。
そしてーー王の間。
そこで見たものに二人は息を呑まざるを得なかった。
ロープで縛られた猿轡をされたキアラス。
そしてその傍で腰掛ける骸骨の悪魔。
メリア曰く、サタンの幻影だと言う。
「お前が例の神の片割れか……。戦う理由は充分揃っているだろう。キアラスの無事を賭けて俺と戦え」
「ヒハハハハ。今度の予言の子は些か傲慢とも言えるでしょう。果実を貪り、娘を殺したばかりでなく石像まで踏み荒らすとは。だが今のワタシには勝てまい。何故なら……」
と赤紫のマントを纏ったサタンは呪文を唱えた。
すると下半身が大きな蜘蛛に変わりシャーッと威嚇してくるではないか。
リョーマの額に汗が浮かぶ。
だが後には引けねえ。
メリアの力も借りて絶対生き延びてやる。
メリアは炎属性下級魔法「フレア」を唱えた。
フワフワと火の玉が蜘蛛の脚にぶつかる。
あれくらいなら俺も真似できるんじゃないか?
リョーマは左手に力を込めた。
見様見真似だがやってみるしかねえ。
グレンウォンドよ……俺に力を!
浮かび上がった火の玉はみるみるうちに大きくなり、炎属性中級魔法「インフェルノ」の域に達した。
メリアがややポカーンと口を開けている。
それもそのはずリョーマはまだ一度も魔法を唱えた事がなく、初めて放つ魔法が中級魔法だったのだ。
後で知るのだが下級魔法の習得には平均で五年かかる。
幾らグレンウォンドを持ったからにしろセンスアリでは済まされない出来事らしい。
だが。
今はサタンと対峙してるんだ、燃え盛る炎を持ってしても一発では勝てまい。
だが灼熱の炎は確実に奴の脚を蝕んでいった。
上半身から放たれる、矢。
緑色の光を帯びた一撃はメリアの腹を抉った。
後で薬草で回復させてやる。
俺は剣で戦う……!
疾風斬りとはいかなかったが、まずまずの速さで距離を詰め、脚に切り込みを入れていく。
斬れろ斬れろ斬れろ……!
サタンの周りを囲うようにして斬りながら旋回していく。
とは言え手にした武器はシルバーソード。
そう容易くは斬れない。
その時だった。
メリアの放った補助魔法「鬼人化」。
パワーを底上げする魔法はリョーマの身体に染み込んでいった。
これなら斬り落とせる!
下半身に決定的ダメージを与えた事でサタンの身体は崩れていった。
すかさず飛び上がり敵の胸に剣を突き立てる。
戦いは終わった。
キアラスは救出されメリアには薬草を二個消費した。
だがここにきてメリアは回復魔法「蘇生化」を使える事を思い知らされる。
つまりアレクの事情を話せば彼を連れてくる事は可能だったのだ。
なんてこった。
だが魔力の消費も限界があるらしく薬草を使用した事に関しては良かった。
後はアレクと会わせるだけだ。
それにしても彼女を護ると宣言したくせに俺は倒す事に集中した。
咄嗟の判断だったが、生き延びる事には成功している。
そしてファントムアローと呼ばれる弓矢を手に入れた。
遠距離武器。
あるに越した事はない。
幽霊の気配はしたがとうとうそれは現れなかったが、リョーマとメリアとキアラスはサルデア城を跡にするのだった。




