間話「記憶」
ナオミ・ブラスト。
三歳の頃親に捨てられたらしく、サルデア王国の港町グレンソールで獣人マンティコア・ライデンに拾われた。
マンティコアからは戦う術を学んだ。
ミルナ島に二つとない斬れ味を誇る名剣「凱鬼」を彼から貰い、九歳になる頃には世界に旅立つ事を夢見ていた。
そんな時だった。
砂地で奴隷商人に遭遇したのは。
ゴブリンなら一撃で殺せると豪語していた当時のナオミは、彼らがどういった存在なのか分からずにいた。
エルフ族への差別はその時代は深刻化しており、反乱は長期化していた。
マンティコアという半神の盾に護られながら幼少期を過ごしたが、砂地へ出たのが運の尽きだった。
「コイツは上玉だな。早いとこ売り捌こう」
言ってる意味が分からなかったが、剣を振るい抵抗した。
相手を怒らせたナオミは剣を持ったまま川に蹴り捨てられることになった。
苦しい……誰か助けて……!
もう駄目かと思ったその時だった。
そばかす、一重瞼の男性が何振りかわまず泳ぎ、助けたのである。
だが男性は彼女の代わりに溺死した。
この時ナオミは生まれて初めて涙を流した。
好きな人に「糞エルフ」と言われた時にも流さなかった涙だった。
旅に出よう。
自分も人を救える存在でいたい。
そうなるためには、もっと強くならなきゃ駄目だ。
魔術も学ぼう。
これ以上、大切な人を失いたくない。
差別にだって負けない、
男の人にだって負けない、
怪獣や、悪魔にだって負けない、
強い魔導剣士になる。
そこに救える人が一人でもいたら、
力になってあげられる
そんな強い女性でいたい。
ナオミは青年の残した意思を背負い、
自らの足で歩み出したのだ。
これが後の人助けの旅のきっかけだった。
十六歳になる頃ナオミは七つの剣技全てを習得するに至っていた。
更なる磨きをかけるべく首都マゼラのアカデミーに通う。
当時の王は白髪のレノン三世だった。
そこで同じアカデミーの生徒として出会うのが同い年の盟友アンガス・クロウである。
全七種類の下級魔法を取得したナオミは卒業後遂に人助けの旅に出た。
ドワーフの村では人狼を退治し、それは「人狼の鎧」の素材となり、長く重宝している。
そして深き森のゴブリン殲滅任務で、幼き少女キャンディスに出会う。
この時ナオミは二十歳であった。
その日は風が冷たかった。
森中のゴブリンを駆逐せよ。
任務は単純明解だった。
レイヴンことアンガスが「いくらゴブリンでも可哀想だ」と言っていたのは、今でもはっきりと覚えている。
そしてそれには自分も激しく同意したものだ。
一匹目。
殆ど力むことなく、胴体を貫いた。
血は緑ではなく、赤。 呻き声と共に絶命した。
命の脆さに唖然とする。
そして休む間もなく次のターゲットへ。
雌や子供も皆殺した。
烏がその死体を貪り食う。
これが何百人の命を救うのだ。
そう自分に言い聞かせ、剣を振るった。
途中、アンガスが涙ぐんでいるのが分かった。
人も魔物も同じ動物。
なのに何故ーー?
争いは絶え間なく続く。
そして敗者は勝者の奴隷となる。
かつてサルデア全土のエルフ族が、そうであったように。
泣きたいよ。
私だって泣きたいんだよ。
平静を装うのに疲れたナオミは、人生二度目の涙を流した。
森も、泣いている。
そんな気がした。
奴隷商人に会って以来男性に対して心を閉ざしていたナオミだが、アンガスには若干心を許しており、剣の腕は拮抗していると言えたのだ。
因みにアンガスは顔面刺青の男性である。
パンクファッション。
何処から学んできたか分からないそれに、アンガスは陶酔している。
髪は短いドレッドヘアであり、繊細な内面とは対照的に怖がる人がいるのも納得の外見だった。
そんな我らにとってゴブリンを駆逐するなど弱い者いじめでしか無く、任務を下した王の人間性を疑う気もなきにしもあらずといった感じだったのだ。
とはいえ害悪なイメージの根強いゴブリンは、差別の対象とされるエルフ以下、もっと言えば家畜以下の存在、だったーー。
「覇!」
もう一匹、首を飛ばした。
血が草木を紅く染める。
「大体狩り終えたね、ナオミちゃん」
「ああ……そうだな……」
「ん?」
血の跡。
明らかにゴブリンのものとは違ったそれは、淡々と続いている。
さては馬のものか。
だとしたらこの先に旅人でもいるに違いない。
ナオミたちは血の跡を辿り、真相を探る事にした。
陽の光さえも遮るほどの深き森。
そこの中心部で我々は事件を目撃しようとしていた。
見れば腹を食われた馬の死骸と壊れた馬車。
そして泣きじゃくる少女の姿があった。
少女は金髪の三つ編みで、まだ幼い。
ナオミは事件の犯人を既に推測していた。
「コカトリスだな」
森の覇者コカトリス。
体長四メートルに達する鳥と蛇を交えたその怪物は、馬の肉を平らげたに違いなかった。
「大丈夫か?」
と少女に声を掛ける。
ナオミは基本、女性には優しい。
本当にとんでもないものを見たのか、少女は返事をしようとしない。
「やれやれ……ゴブリンに襲われる前に僕らが来て良かったよ」
とアンガスはかぶりを振っている。
「名前は?」
少女の前でかがみ言った。
八、九歳くらいだろう。白い衣を着ている。
「……キャンディス」
キャンディスは大粒の涙を浮かべながら言った。
だがふと気になったのは、少女の周りの見えない結界。
それは敵を寄せ付けない円状のドームとして確かに存在していた。
まさかこれを自身で作ったというのか。
「アンガス、彼女は首都マゼラまで私が責任を持って連れていく。異論はないな?」
「どうぞご自由に」
結界に気づいていない様子のアンガスは軽い調子で言った。
それにしてもとんでもない魔法の才能の持ち主だ。
これは将来化ける可能性が高い。
神が引き合わせた森の中の出会いは、次なる敵への備えとでも言うのか。
ナオミは腕を組みため息を漏らした。
いずれにせよ、この少女は連れていく。
幼い女性を救わないという選択肢は、ナオミ・ブラストの辞書にはない。
「立てるか?」
キャンディスという名の少女をゆっくり立たせた。
聞けば元々鍛冶屋を目指していた様で、魔法とは無縁の生活を送っていたという。
「出身は?」
「マゼラ」
やはりな……。
とすれば彼女の為にも王にその才能を見せるべきか。
このサルデアという国を治めるレノン三世は高齢だが人を見る目はある。
もしかするとこのキャンディスは近い将来大出世するかもしれない。
「魔法をかじっていて良かったよ」
頭を傾げるアンガスを他所に、ナオミはキャンディスの頭をそっと撫でた。
「行こう。日が暮れるとオオカミが出る」
頷き、歩き出すキャンディス。
アンガスもやっと彼女の魔力の事を指しているのかと察した様で、掌を打った後「待ってよナオミちゃん」とついて来る。
コカトリスもあの結界を破れたと思うか?
答えは微妙だった。
何にせよキャンディスは襲われて暫くしてから結界を発動させたようだ。
「杖を持たせるととんでもない事になるな……」
アンガスの言葉に頷く。
だが魔導師の道を行くかは少女の意志次第だ。
今は大人がどうこういう時間ではない。
遥か遠くに見据えるサルデア城。
その頂上に変わり者と名高いレノン三世は暮らしている。
ただの討伐任務でとんでもない邂逅を果たした。
このキャンディスと一緒に人助けの旅に出る日は来るのだろうか。
王に話そう。
そして出来れば傍に置こう。
そう決心したナオミは空を仰いだ。
見たところキャンディスは大人しく、礼儀正しい印象だった。
不意に叫びたい衝動に駆られた。
抑え込み、少女と手を繋ぐ。
「これくらい僕にも優しければなー」
とアンガスが愚痴るのが聞こえる。
何はともあれ無事マゼラに帰還できそうだった。
コカトリスが出れば片腕を失うくらいは覚悟しなければならない。
最悪死が待っていた。
「ありがとうナオミさん」
これがキャンディスとの出会いだった。
マゼラに帰ると王から報酬に名剣斬牙を貰い、ナオミは双剣使いとなったのだった。
二十一歳になる頃、町はドラゴンライダーの噂で持ちきりとなっていた。
これが後の恋人レナ・ボナパルトとの出会いである。
当初は恋心など微塵もなく、占い師イザベルが「悪魔の復活と共に現れる予言の子」と言っていたので注目はしていたが、一目惚れといった形にはならなかった。
寧ろ当時十九歳のレナの方が目を輝かせていた。
ナオミたちはマゼラの酒場で会い、イザベルの予言通り、彼を南のサタン討伐に誘った。
そしてアークドラゴンに飛び乗り二人でサタン討伐に向かう。
ドラゴンの背中に乗り空を羽ばたくナオミは、レナという人間に興味を持ち始めていた。
だがそれは恋心とは違う、純粋な関心だった。
聞けば異世界の者らしい。
鎧を着る前の彼は明らかに変な服装をしていた。
もしかしたら自分も彼の居た世界に足を踏み入れる日は来るのか。
想像しても埒が開かないので直接聞いてみる事にした。
「俺の居た世界?車が走ってて、ビルや学校があってサッカーが流行ってる」
車?それは車輪の付いた戦争で扱う物だろうか。
そしてサッカーって何だ。
ナオミは異世界の事で頭がいっぱいになっていた。
ハーフエルフとして差別を受け、傭兵として剣を血に染めてきたナオミにとって、別世界がある事は心躍らせる事実だったのである。
そうとは知らず「何もないところだぜ」と話すレナ。
そうこう言ってる間にサタンの住処とされる常闇の神殿が見えてきた。
サルデアの北東に位置する女神の神殿とは対照的に、暗い雰囲気を醸し出すそれは林檎の庭園が広がっており、地下へと続く階段が神殿へと続いている様だった。
「オリルゾ」
とドラゴン。
弧を描いて徐々にスピードを落としていき、ズシンッと庭園に着陸した。
「よっ」と飛び降りるレナ。
鉄の鎧がズシャリと音を立てる。
敵はもう我々に気付いているかもしれない。
汚れた煉瓦造りの壁。
二人が近づくとそれに反応して自動的に緑色の篝火が灯る。
魔法だろう。
サタンがそれを可能にしたのか。
この常闇の神殿がいつ造られたかは存じ上げないが、不気味な仕掛けである事に変わりはない。
じりっじりっと先頭を行くレナは勇敢だった。
サッカーなどの遊戯が発展している時点で死と隣り合わせだったとは考えにくい。
レナか……。
思えば女っぽい名前だった。
そんな事を考えつつもナオミたちは階段を降りきり、広い空間に出た。
円状の魔法陣が中央にある。
何かクリーチャーを召喚する為のものだろうか。
「気を付けろ、罠かもしれん」
と言って恐る恐る近づくが、何も起こらない。
思い過ごしか……と気を緩めた刹那、魔法陣の手前で床がパックリ割れ、ナオミとレナは下へ真っ逆さまに落ちていく。
真ん中から魔法陣に近づいたのが間違いだった。
左右どちらかから回っていかねば。
だがもう遅い。
レナと共に下へ落ち、ズシンッと植物の様なものの上に着地した。
だが道は続いている。
近くにあったレバーを捻ると檻が開き、通路へと続いていた。
そろそろ敵が出てもおかしくない。
「この植物のおかげで助かったぜ」
と今頃起き上がるレナを「シーッ」と手招きし、ナオミは地下二階の攻略に乗り出した。
死体。
通路の脇にあった腐った死体を一瞥し、先を急ぐ。
土で出来た細い道だった。
奥へと続く裏ルート、そう信じるしかない。
この先にきっと何かあるんだ。
そう呟いたナオミは突き当たりにあった梯子を登る。
本当にこの道で合っているのか?
その答えは梯子を登った先にあった。
先程の魔法陣があった部屋よりも何倍も広い空間。
サタンの座っているであろう玉座には誰もおらず、豪華絢爛なガラスの空間だった。
「スッゲー……」
とレナが声を上げる。
無理もない。
此処は国中のお金を使い果たしてやっと出来るほどの金や絹で満たされた空間だったから。
テーブルや椅子、コカトリスの模型。
その全てが豪勢を極めていた。
「これは……大剣?」
ファントムソードを手に取るレナ。
後のレナの相棒である。
その時正門が音を立てて開いた。
骸骨の姿の悪魔……サタンが帰ってきたのだ。
「ワタシの留守の間に屋敷を荒らすとはいい度胸をしてますね」
指先をクイクイと動かす仕草をサタン。
そして腕を右に伸ばした時、衝撃波でナオミは吹き飛ばされた。
念力。
「うっ!」と床を転がり落ちた。
超能力でも発揮したのかとレナは立ち止まる。
「ドラゴンライダー。其方の魂、頂きましょう」
コツコツと音を立ててながら近づいてくるサタン。
「オッラァァア!」
怒り任せに大剣を振るうレナ。
紫色の邪気を帯びた攻撃はサタンを一瞬、戸惑わせた。
だが、直ぐに念力で対応する。
衝撃波。
それをモロに受けてもレナは止まらなかった。
闇属性剣技「邪鬼」。
ザンッ!
まだサタンの力が完全ではないにしろ、一撃を喰らわせた。
縦に斬られたサタンが後ろにたじたじとよろめく。
しかし、これでスイッチが入ったかに見えた相手は、呪文を唱え始めた。
サタンの足元に水色の魔法陣。
それを察したレナは剣で防ぐ仕草をする。
その時だった。
大の男嫌いだったナオミが間に割って入った。
何故このような真似をしたのか。
何にせよレナへの魔法は回避され、中級氷属性魔法「ブリザード」はナオミに直撃した。
氷の礫と共に繰り出される暴風。
まるで氷漬けにでもされるかという冷たさが彼女を襲う。
その時、レナの中で何かが変わった。
そして大剣による魔導斬り。
サタンをも葬る一撃は永く語り継がれる事になる。
こうしてファントムソードはレナの物となり、ナオミたちは東のハモンとの対立に身を置いていく事になるのだった。
ハモンの部下との戦いで片腕を失ったナオミは、戦士として各地に派遣された。
その休息を取るべくマンティコアの作ったゲートを潜り現実世界に降り立った。
これはその時のナオミの記憶である。
自分は戦う人形ーー。
機械化された事でその感情は増した。
その中で強化されたのは寂しさから来るレナへの想いだった。
もう一人にしないで。
そう願うナオミは初めてみる都会を彼と徘徊している。
現実世界。
自分とは違い、魂を持つ者たちの世界。
レナの言っていた車やビルの性質は予想を超えていた。
サッカーがどんなものか観たい。
そう言っていた。
レナにも宿る暗い影を取り除いてあげたい、そういった想いだった。
「あ、ああ……」と少し戸惑うレナはチケットを予約する。
それにしても良いところだ。
平和な雰囲気と気候。
空気は少し汚い気もするが、ナオミが経験してきた想像世界の苦しみとは比較にならない小さな汚点だった。
自分を見下す者は恐らくいない。
ハーフエルフであるナオミは既にこの世界を好きになり始めていた。
「はい、クレープ。一緒に食べようぜ」
レナが差し出した甘い食べ物は目を見張るほどの美味しさだった。
一口でその虜になったナオミはじっとレナを見つめながらそれを頬張る。
全く美味いの一言に尽きる。
見れば幼い子供達が球体を蹴っていた。
レナ曰くあれはサッカーに使用するボールだと言う。
偶々転がってきたので、レナが「よっ、ほっ」とリフティングを披露し、子供達に返す。
「ナオミって俺と出会う前人助けの旅してたんだろ?そろそろ自分のために生きたらどうだ?」
唐突な言葉に稲妻のようなものが走った。
「わ、ナオミは……」
目を伏せて戸惑う。
自分はハーフエルフだ。
奴隷の子孫である自分は幸せになってはいけないんだ。
そういう気持ちが少なからずあった。
とは言えレナは絶世の美女イザベルを目にしても顔色一つ変えなかった。
そう言った意味ではレナを独り占めする欲望が心にあったのも確かで、それはつまり彼を……好いているという事。
風が、二人の間を通り抜ける。
運命の人かもしれない。
だから言葉がこんなにも響くんだ。
右手で左の二の腕を押さえながら、ナオミは公園に立ち尽くした。
子供達の騒ぎ声も今は聞こえない。
この広い世界にレナと二人きり。
そんな気さえした。
「好きな人の為に生きる。お互いがそう思う事で、幸せを築けるんじゃないかな」
言った後赤面する。
自分でも訳の分からない事を。
だがレナは真剣な表情だった。
「そうか……そうかもな」
と彼女の手を取る。
えっ?
ナオミは生まれて初めて男性と手を繋いだ。
今までずっと避けてきたもの。
それをレナは土足でぶち壊し、自分を導いてくれた。
上手く喋れない。
言葉に出来ないこの感情なんて言うの?
若干、周りの視線を感じながら二人は花が綺麗な公園を出た。
レナに連れられるままゲームセンターへと移動する。
全てが初めてだった。
男性に心を許すのも。
心の傷が癒えていくのも。
プリクラ。
画面に向かってポーズを取るらしい。
言われるがままだった。
後ろから手を回される。
ちょっと恥ずかしいってば。
なんて明るいんだろう……。
自分も過去を乗り越えなくっちゃ。
いつまでも下を向いてちゃいけない。
レナより二つも歳上なんだから。
撮り終えたプリクラを半分ずつ手に取り、今度はパンチングマシーンの前に躍り出た。
レナが先に構える。
「コレをかつての敵だと思ってぶん殴るんだ。スッキリするぜ」
奴隷商人の事?
何はともあれレナは115の数値を叩き出している。
自分も、本気で。
全ての怒りを込めて、機械化した腕で殴りつけた。
250。
ハイスコア更新と出た。
「スッゲー」とレナ。
こうなったら意地でも楽しんでやる。
吹っ切れたナオミはクレーンゲーム、レーシングゲームでもそこそこの結果を出し、二人はゲームセンターを跡にした。
「さて……これからどうする?家泊まっていくか?」
現実世界では行く宛がない。
ナオミは渋々首を縦に振った。
レナは自分に違う世界を見せてくれる……。
彼といる事で視界がパッと明るくなるのだ。
当然泊まると言ってもそれ以上の事はないだろう。
一緒のベッドに寝るということも起きないに違いない。
だってレナだもんね。
この世界での赤紫色の夕焼けを心に刻むナオミがいた。
後日ナオミはサッカースタジアムで、例の御守りを手渡すことになるのだった。
想像世界に舞い戻ったナオミたちだったが、そこで味方についた零社がハモンに敗れているのを目の当たりにする。
立ち向かったナオミ、レナ、マンティコア、エルメス四人の戦士はハモンの圧倒的力を前に敗北した。
そしてたどり着いたのは白き世界ー。
死んだはずのミルナの声が聞こえる。
彼女はサタンがレナに敗れてから良心を取り戻し、四人の戦士に助言をしてきた仲だった。
そうミルナはサタンと女神の融合体である。
「まあレナ達までも……!こうなれば想像世界そのものを壊すしかありません」
「……その方法は……?」
レナは目を擦りながら言った。
「私の夫グレンの思念体の抹殺です。こうなった以上は仕方ありません。ナオミもグレンも本当は死んだ身。しかしレナ。貴方には未来があります」
「私も……勝てば消えるのか……」
呟きレナを見る。
だが覚悟は決まった。
頷き「思念体は何処に?」とミルナに尋ねる。
「思念体へは夫を愛した私のみが魔法陣を生成出来ます。……マンティコアも……いいですね?」
「ナオミとレナは二度と会えなくなるのか……」
「光の心を持つ者同士、引かれ合う魂はいつかまた巡り会えますわ。きっと……」
「行こ。ハモンが現在世界で暴れ出すより先に」
エルメスが口を開く。
この世界も終わらせる時が来たのだ。
「会えて良かった……。枯れた人生に色をくれた。ありがとう」
「こちらこそだ」
抱きしめ合う。
負ければ現在世界が危機に晒される可能性があった。
「行こうレナ」
とマンティコア。
ミルナは既に魔法陣を用意している。
ふーっと息を吐き、四人は思念体の待つ場所へと乗り込んだ。
紫色のクラゲのような物が浮かぶ空間。
四人はポヨンポヨンと飛び跳ねながら頂上を目指していく。
この世界の神と言われた男。
その魔力は少なくとも力を取り戻したサタンと互角。
戦いの行方は全くもって分からなかった。
頂上に着くまで、然程時間は掛からなかった。
フードをすっぽり被った男。
六十手前の容姿だが、グレンと見て間違いない。
「この世界を終わらせに来た。グレン、悪いが消えてもらう」
ナオミが双剣を構える。
その時、白く輝く光が四人の周りを漂っているのに気づいた。
これは……レイヴンとイザベルの魂……?
(黒い羽の力をファントムソードに注いだ。後は君次第だレナ)
(頑張って)
「ようし。行くぞ皆んな!」
マンティコアの魔導槍は喉元を捉えたかに見えたがグレンは消えていた。
そしてエルメスの後ろに移動し、炎属性上級魔法「ヘルフレイム」で焦がす。
「ぐわぁっ!」
「エルメス!」
その時、ファントムソードが黒く光った。
クロウ家の秘術を授かった剣はフードを被ったグレンに吸い込まれていく。
貫通。
したかに見えた。
だが直ぐに修復していく。
グレンは白魔法も使えるのだ。
「今だ。完全に回復される前に!」
ナオミの声が響き渡る。
そして双剣には虹のようなものが出来始めていた。
最上級剣技「虹」ーー。
他人のため、ナオミ自身の為、そしてーー。
虹色の眩い光。
気付いた時、二人は現実世界の海辺にいた。
勝ったんだ。
再び抱擁を交わす。
だがレナの腕の中で、ナオミは少しずつ消えていくのが分かった。
彼はパーカー姿である。
空には烏。
それに大きな、虹。
「君に会えて良かったーー」
口付けを交わす。
気づけば虹色のライオンの鬣のような物が、彼の服に付着していた。
彼と出会って全てが変わった。
一緒に成長し、信じ合う事の大切さを学んだ。
「ありがとう……」
ナオミは消えた。




