第十七話「死線」
新興勢力ハモンに助力を求めるのが良い、そう言ったのはハモンと同じセンジュ族のグロンギだった。
ハモンは彼の叔父にあたるそうでアレクはグロンギの苗字がヴェラスケスということを初めて知った。
馬で西へ駆けること丸一日……アラモ地方が見えてきた。
「アタイは姉貴を探してるんだ……盗賊に成り下がったのも……それなりの理由があって。いつか出会いたいもんだよ」
レイが馬を走らせながら言う。
縄を解いたアレクには若干だが心を開きつつある。
アラモの首都グレンシアまであと少しのところで妙な機械を操る男を発見した。
「これはこれは他国の者たちですか?私は零社の研究者。タイムマシーンの機動性を確かめていたところで、これから七年後に戻るところです。貴方達も来てみますか?」
零社?
タイムマシーン?
「私たちはあなた方のような戦士に打って付けの人材を探していました。七年後に戻り力をつけたハモンと合流しましょう」
「零社はハモンの味方なんだね」
グロンギがぐっと身を乗り出す。
一緒にドラゴンを狩れるのなら願ったり叶ったりだ。
「どうする……?」
パトラと顔を見合わせる。
もしタイムマシーンが本物ならクレオパトラを元の時代に戻せるかと思ったが、どうやらタイムマシーンが作られた年を区切りにして七年前から七年後にまでしか行けないらしい。
つまり今から向かうのはタイムマシーンが作られた年……その時代ではハモンと零社が手を組み、北伐を企んでいるそうだ。
この世界は七ヵ国で形成される。
アラモがテルミナを攻めるとなると、テルミナの同盟国ミルナ島のサルデアが黙ってないだろう。
「行ってみよう。もし何かあったらもう一度タイムマシーンを使って帰って来ればいいし」
決まりだった。
銅製のタイムマシーンは稼働し始め、煙を上げる。
そして気が付いた時、空は灰色だった。
「ささ、グレンシアにおいでください。ハモン様がお待ちです」
零社は異世界から来た組織のようだった。
タイムマシーンのあった南西の砂浜から、アラモの首都グレンシアに移動する。
中央の闘技場が目立つが、ハモン・ヴェラスケスは砦の方にいるようだった。
砦の中は薄暗く、奥に彼がいるようだ。
「此処で待機願います。ハモン様の指示を聞いてまいります」
研究者は奥に消えた。
そして再び現れた時、アンデッドの戦士と一緒だった。
「このロキの指示に従い、北伐に向かって下さい。相手は貴方の探しているアーク・ドラゴン『クランケーン』を乗りこなすレナ・ボナパルトも一緒です。北のゼラートへ向かい、奴らを一掃するのです」
「報酬は?」
キアラスはタダで戦をする気はないようだった。
まあ確かにこんな得体の知れない研究者の手足に成り下がるのもどうかと思うが。
「一人に一つずつ宮殿を差し上げましょう」
宮殿……その言葉がキアラスの何かを揺さぶった。
だが本当に信用できるのか?
聞けば相手はサルデア一の強者揃いという噂だ。
「竜に跨る異世界人レナ、究極剣技を使うナオミ、神との混血マンティコア、若き召喚士キャンディス、占い師イザベル、クロウ家の戦士レイヴンことアンガス、そして最近仲間に加わったエルメス。この七人を倒すのが任務だ」
「ロキ・レノン……女神の弟で、その昔サルデアを建国した男ですが今はハモン側につくそうでース」
カイザがアレクに囁いた。
ロキは骸骨で真っ黒な鎧を見に纏い、嘗ての記憶は消えているかに見える。
これはゼラートを舞台に繰り広げられるロキも含めた七対七の総力戦……親父側についたレナ達を許さねえ。
七年間の間に異世界人なんかに乗りこなされやがって……こうなったらレナと親父は自分が相手する!
とは言え勝算は火を見るよりも明らかなので誰かのサポートが必要だった。
「ヘリに乗り込んで下さい。ゼラートまで運びます」
乗り込み、大空へと羽ばたく。
「注意すべきはレナとナオミ。あとマンティコアでしょう」
大剣を背負ったカイザ・シュバルツが言う。
話し合った結果彼は一番手強いナオミの相手をする事になった。
そしてリーダーであるロキがマンティコア討伐に手を上げた。
こうして誰が誰と当たるかの作戦は立てられ、ヘリはいよいよゼラートに到着した。
大理石で出来た家々が眩しい。
そしてクランケーンことアークドラゴンとそれに続く仲間たちが何処にいるのかは直ぐに分かった。
この町でーー戦闘を開始する!
最初に動いたのはキアラスだった。
まだ幼いキャンディスに傀儡を開始する。
程なくして彼女はキアラスの手の中となった。
細い糸に操られるまだ子供のキャンディスはクリーチャーの召喚をすべく、魔力を高め出す。
「キャンディスに何しやがる!」
大剣ファントムソードに手をかけるレナが突進してくるが、間に入ったのはグロンギだった。
「ここは僕に任せて。アレクはドラゴンを!」
流石はセンジュ族、肌は鎧の様に硬い。
アレクはレナの背後にいたドラゴン目掛けて進んでゆく。
その時だった。
獅子の咆哮。
魔導槍を手にしたマンティコアがロキの挑発に乗ったのだ。
元々は同じ家系の彼らも怒らせれば戦いは避けられない。
アンデッドであるロキは四角い盾で魔導槍を防ぐ。
天が割れるかと思うような衝撃。
やはりあの獣人、只者じゃない。
そうこうしてる間にもカイザは計画通りナオミと対峙していた。
大剣対双剣。
実力者同士のせめぎ合いは一瞬の気の緩みも許されない緊迫したものとなっている。
ピヤアァア!
キャンディスの召喚が完了した。
現れた体長一点五メートルのフェニックスはアレクに助力する。
燃え盛る炎を纏ったフェニックスは横に並び、親父であるクランケーンと向き合う。
既にゼラートの町は戦場と化していた。
それにしてもナイスだキアラス!
相手を引き抜く傀儡の術は、相手サイドにいたドラゴンという助っ人にして標的との埋め合わせを成すには十分な働きをしている。
その頃レイはエルメスと対峙していた。
謎の道化師を前に本領を発揮できればいいが……。
ぶつかる双方の雷属性中級魔法サンダーアロー。
爆発はゼラート中に木霊した。
アイツらなら上手くやれる……親父との戦闘に集中しよう!
アレクはカイザに教わったエンチャントを唱えた。
炎の力を己の剣に伝達させる……左手の炎を右に!
「フン……タテヲテニイレタトテ、オマエゴトキニハ、ヤブレンゾ」
「うるせえ!」
あの時とは違う。
キアラスの傀儡が成し遂げたとは言え……独りじゃないんだ。
ピヤアァア!
フェニックスが炎の塊になってアレクの剣に吸い込まれていった。
漲る力……いける。
親父と戦える。
正に一戦交えようとした時に、女の叫び声が聞こえた。
ナオミ・ブラスト。
カイザに片腕を斬り落とされたようだった。
流石はカイザ、だがなんとも痛々しい。
アレクは再び親父と向き直った。
「何故村を襲った?アルマゲドンの命令か?」
「スベテハヨゲンドオリオコナワレル……カゾクヲコロスノモ」
「なにぃ!」
クランケーンは炎を吐き出した。
だがアレクとて竜人……この程度の熱さなら……耐えられる!
炎を超えるマグマを放つ!
フェニックス……力を貸してくれ……!
アレクは左手から炎属性上級魔法「ヘルフレイム」を放った。
そして相手が鈍った今こそ、剣の出番だ。
フェニックスを纏った一撃は、ドラゴンの腹を突き崩した。
「やったわね」
キアラスが後ろで喜んでいる。
だが勝利に酔いしれている場合じゃねー。
仲間がピンチだ。
隻腕のナオミは背水の陣をひきますます血気盛んだし、マンティコアはロキを押し崩しつつある。
「私たちが消し合うのは馬鹿馬鹿しいね」
そう告げ、レイとの戦闘を中断する道化師エルメス。
そしてアンガスは、パトラに襲い掛かろうとしている。
アレクはフェニックスを纏った剣を投げつけた。
宙を舞う剣、そしてーー。
迸る鮮血はアンガスの死を示していた。
これはいつ誰か死ぬか分からない殺し合い。
今だってーー。
マンティコアの魔導槍がロキの首を飛ばしていた。
アンデッドの死は永久死を意味する。
その時イザベルがマンティコアに補助魔法「鬼人化」を唱えた。
彼を走らせ、我々を殲滅するつもりか。
「俺を……舐めるなぁ!」
レナの光属性剣技閃光は、すれ違い様、グロンギの腹を斬り切った。
「お前がどんな奴だったかは知らねーが……来世でまた会おう」
グロンギは膝をつき「ハモンが黙ってないよ」と言葉を遺し息絶えた。
全く……どうなってんだ……!
次から次へと人が死んでゆく。
現在五人対六人。
我々が劣勢に見えるが、キャンディスは我々に付いている。
ーー負けられねぇよ!ーー
アレクがパトラの元にたどり着いたその時だった。
回復魔法。
腕の再生には至らないが、イザベルの唱えた回復魔法はナオミを助けている。
それに気づいたレイはチラリと此方を見た気がした。
「姉貴には会えなかったよ……とは言えアタイはどうせ死んだ身。ありがとうアレク」
レイは回復役のイザベル目掛けて決死の覚悟で雷属性上級魔法「ボルテックス」を唱えた。
灰色の空から降り注ぐ落雷。
雷に打たれたイザベルは絶命し、力を使い果たしたレイも亡くなった。
怒りに燃えるマンティコア。
レナはナオミに加勢し、一流の騎士カイザも押されている。
マンティコアからクレオパトラを護るんだ。
円形の盾を構えたが、獣人が向かったのはキアラスの方だった。
身体を貫く魔導槍。
キアラスは血を吐きながらも最後の言葉を遺す。
「あの便箋を書いたのは占い師である私だ。貴方だけには何としてでも幸せになってもらいたかった……」
なんだって?
理解も追いつかないままキアラスが倒れ、レナの攻撃にカイザも倒れた次の瞬間だった。
「零社が裏切ったぞー!」
どういう事だか分からなかった。
アレクとパトラの元へ催眠ガスは投げられ、意識は徐々に遠のいていった。
宮殿を差し出すつもりなど初めからなかったのか?
パトラと共に牢獄に繋がれたアレクは、悔しさが込み上げてくる。
そして七年後の神々の死まで牢獄生活は続いた。
神々の時代の終焉の証拠に、パトラは光に包まれ消えていく。
「ずっと忘れないよ。ちょっとの間でも旅できた事」
「俺も忘れねえ」
「楽しかっ……」
アレクの視界もガラスが割れるように消えていく。
そして気が付いた時、アレクは砂浜で寝そべっていた。
二十四歳になっていた。
カモメの鳴き声が聞こえるが、アラナミ村じゃないらしい。
思えばロクでもない人生だった。
牢獄生活ではパトラが心の支えになったが、その彼女ももういない。
それでも想像世界が消えても尚、生き延びている。
どういう風の吹き回しだ。
神は自分を選んだのか?
見れば憎きレナ達が浜辺で黄昏ている。
そしてその中にはセンジュ族もいた。
この先生き延びるには奴らと手を組むべきか。
話しかけようと近づいてみる。
「お前は……!」
ナオミ・ブラストが顔色をしかめる。
だがキャンディスは嫌な顔はしなかった。
そしてドラゴンロッドを持つ銀髪の少女も「だあれ?」と首を傾げている。
アレクは軽く自己紹介をした。
するとフィーネと名乗る女性はレイが探し求めていた彼女の姉である事が判明。
アシュラはグロンギの従兄弟だった。
「貴方竜人なの?」
メリアは目を丸くしている。
そしてレナがこれ以上血は見たくない、と言ったその時だった。
海に、何かが。
水飛沫を上げるそれは他でもない。
体長百メートルの銀竜アルマゲドンーー。
「奴を倒さないと現実世界の人間に被害が」
「よし、行くぞ皆んな」
頷き、海の方へと近づく。
アルマゲドンは此方の魔力と殺気に気づき、ゆっくりと首を曲げ接近してくる。
「もし貴方が本当に竜人ならこれが効くはず!」
メリアの竜人にだけ為せる技、超鬼人化。
溢れ出るエネルギーに自分でも驚いている。
「俺が奴の注意を引きつける。その間に攻撃を」
メリアのサポートもあって、ついにタンクとしての本領を発揮するつもりだ。
グララギシヤァアアアン!!
雄叫びと共に雷属性上級魔法「ボルテックス」を放ってくる。
流石にそれは自分の元へと手繰り寄せられない。
雷に打たれたアレクたちは体制を崩した。
「レナ、この子の翼を借りて!」
体力の少なめなキャンディスが敗れる前にとフェニックスを召喚する。
体長は一点五メートルとアルマゲドンに比べると豆粒だが、レナを持ち上げる事は可能なようだ。
ピヤアァア!
不死鳥の登場。
「メリア、キャンディス、お前らは下がってろ」
と仲間思いのアシュラに彼女らは指示を受ける。
「こっちだアルマゲドン!」
剣と盾で音を鳴らし挑発した。
噛みつき。
盾で防ぐが余りにも敵が大きい。
アレクはなんとか先程の超鬼人化で食べられずに相手の口を開けたままに保っている。
「今だ」
ナオミとアシュラがそれぞれ究極剣技と流星群を頭に見舞う。
「オッラァァァア!」
レナが首に黒い旋風斬りを見舞うのが聞こえたが、首の切断には至らないだろう。
あの技の事は牢獄のアレクの耳にまで届いていた。
畜生がぁぁあ!
鬼人の如き力でドラゴンの口から抜け出す。
そして砂浜に剣を突き立てた。
敵の心臓にーー炎属性剣技「炎帝」!
ボワッと燃えたのが分かった。
効いている、確実に効いている。
「アタイの幻術で五秒間動きを止める。その隙に四人は攻撃を」
フィーネだった。
一瞬、アルマゲドンがぐらついた。
やはり今しかねえ。
その時クレオパトラの顔が頭によぎった。
(パトラ……俺に力を……!)
目を見開き今こそ放つ。
炎と光の融合究極剣技「豪炎乱舞」!
何処からこんな力が湧いてきたのか分からなかった。
メリアの鬼人化かパトラを想う気持ちか両方か。
アレクは燃え盛る業火の斬撃を何度も顔に喰らわせた。
そしてアシュラの鎖刀斬り、レナの暗黒魔導斬りが追い討ちをかける。
「これを使う時が来たんだ」
ナオミが呟くのが聞こえた。
そして放たれるは最上級剣技「虹」。
七つの剣技全てを習得した者にだけ許される捨て身の技。
ナオミはふっと目を瞑り、双剣をクロスさせた。
「避けてレナ!」
ウェーブ状の虹色が、海辺を侵食してゆく。
そしてーーアルマゲドンは雄叫びと共に崩れ落ちた。
アレクたちは平和を成し遂げたのだ。
レナが大慌てで瀕死のナオミの元へと急ぐ。
「レナはナオミが良いんでしょ?」
涙顔のメリアが言う。
「アタシ……気づいてたの。レナの気持ちはいつまで経っても振り向かないって。だから……新しい恋に進むことにする」
レナは暫く黙っていたがやがて「今までありがとう」と握手を交わす。
羨ましいもんだぜ……とアレクが海岸を振り返ったその時だった。
クレオパトラ……!
アルマゲドンを倒したから時空の歪みが改善されたのか。
(キアラス……!)
アレクは便箋の事を思い出した。
違う時代の者同士と言えど、パトラとなら幸せを築ける。
アシュラとキャンディスはメリアが去ったのを見て口付けを交わし、フィーネは笑顔でそれを見守っていた。
(俺の人生はーーこれからだ)
夕日が実に綺麗で眩しかった。




