第十五話「邂逅」
アレクは黒っぽい服装をしていた。
ズボンにはチェーンが付いてあり、ネックレスもしている。
つまりオシャレに興味がないと言えば嘘になるが、まっ村の娘たちとは釣り合わないだろうと勝手に決めつけ恋愛からは遠ざかってきた。
その心持ちが伝わったのかアリサ以外の娘たちからは白い目で見られていたが、これから行くクレイモアでは段違いの美人に出会う覚悟もしなければならない。
自分が美人に弱いと言う認識はなかったが、いざ目の前にして赤面する可能性も否定できない。
因みにグロンギは上半身裸で、筋骨隆々なセンジュ族の身体を露にしている。
アラナミ村と森を隔てる門を潜り一番に目撃したのはやはりゴブリンだった。
退治屋のグロンギは素手で戦っていたがその力は想像以上で、アレクの剣の出る幕がなかった。
それでも一匹を刺し殺し生まれて初めて殺しの経験を積んだ。
命を奪うのはこんなに容易いのか。
血を吹き出し死んだ呆気ない最期は、クランケーンに敗れた自分と重なる。
もしあの時グロンギが村を訪れていなかったら、間違いなく自分は死んでいた。
ーーだが。
この生きるか死ぬかの冒険がアレクの言うロマンだった事も確かだ。
そう言った意味では気分がいい。
幼馴染と母を亡くし落ち込んでいたアレクを奮い立たせるゴブリンからの勝利にグロンギも「思ってたほど柔じゃないかもね」と考えを改める台詞を溢している。
この世界は弱肉強食だ。
そしていつかーーあの炎王竜を超える。
正午になる頃隣の村に着いた。
タガヤシ村と呼ばれるこの場所は武器屋もあるようで、首都クレイモアへの休憩地点として打って付けの場所だった。
「ようこそおいで下さいました退治屋のグロンギ様。そちらは……付き人ですかな?」
出迎えた老婆の顔は皺だらけだった。
すっぽり赤い布を被っており、その年齢からか知識だけは豊富そうだった。
てゆーか付き人っておい。
「そうだよ。彼の名前はアレク。アラナミ村出身だ」
「立派な剣をお持ちじゃが、ちと左腕が寂しそうじゃな。どれこの村を襲う盗賊を追い払ってもらえたら上等な盾を差し上げよう」
悪くない条件だった。
だが盗賊を追い払うにはグロンギの力が必要不可欠だった。
盾の為に命を張るとは思えない。
下を向いたアレクを察したのか老婆はこうも口にした。
「グロンギ様へは銀貨七枚でどうですかな?」
決まりだった。
グロンギは問答無用で承諾し、アレクたちは老婆の住んでいるテントに案内された。
村はアラナミ村と同様小規模で銀貨七枚はこの村にしては巨額だった。
それだけ強力な盗賊団だと言うのか。
テントの中は昼間にしては薄暗く、黒い犬がワンッと吠えている。
「さてさて……盗賊は恐らく今夜、我々の馬を盗みにやって来ます。グロンギ様とアレク様には彼らを返り討ちにし、奴らの住処を特定していただきたい」
なるほど……それまではこの村で待機か。
テントの脇にその盾は飾ってあった。
青黒い色をした円形の盾は見るからに重そうだ。
何としてでもアレを頂く。
それにしてもアレク様なんて、この老婆は礼儀をわきまえている。
そしてふとクランケーンについて知りたくなった。
この老婆ならあの竜について知っているかもしれない。
グロンギは犬が苦手なようで、避ける仕草を見せている。
「炎王竜クランケーンは三竜の一角を担うまだ若き竜じゃ。竜は基本千年は生き、ある者には災いをある者には恵みを与えると言われておる」
千年という単語で思い出した。
アルマゲドンとは?
アレクの問いかけに、老婆は顔を歪ませる。
それにしても細マッチョなグロンギが犬が怖いなんて。
確かに大型犬だがセンジュ族の名が泣くぞおい。
グロンギが面白すぎて話に集中できねー。
アレクが老婆の方を向き直ると、一つ咳払いした後に彼女はこう告げた。
「アルマゲドンは時を喰らうとされる伝説上の生き物じゃ。誰もその姿を見たことがない。しかしアラナミ村の男がその単語を知ってあるとは驚きじゃったぞ」
時を喰う……アレクは小さく頷いた。
伝説上の生き物アルマゲドン……ドラゴンよりも強いのか?
超えなければならない壁が余りにも高い事を実感した。
グロンギを超えるクランケーンを超えるアルマゲドン……?
倒すなど気の遠くなるような話だ。
アレクの考えている事を察したのか老婆が「盗賊はクランケーンやアルマゲドンとは違う。今夜は期待してますぞ」と言った。
「それよりこの犬をどうにかしてくれ」
グロンギお前まだビビってたのか。
センジュ族の退治屋がわんちゃんこわいでちゅかー。
アレクは腹を抱えて笑いそうになった。
それにしてもこの世界には厄介な竜が三体もいるのか。
そしてこの世界は七国で形成されており、この国の名はメタスという。
その首都クレイモアは長い間陥落する事なく、メタスの象徴として常にあり続けている。
三千年先かー……。
骨すら残っていないだろう。
それでも名が残っているような立派な剣士になりたいものだ。
今朝アリサが見つけた便箋。
内容は嘘だと思うが、アルマゲドンは確かに話の上では実在した。
アリサ……死ぬ前にもっと優しくしとけば良かったな。
テントを出るとようやく落ち着いた様子のグロンギはあの犬は盗賊より怖いと溢していた。
なんだ案外素直なこった。
アレクはこの奴隷の子孫の退治屋に親近感を抱き始めていた。
「アレク金は?」
「一文無しだ」
「やれやれ……」
武器屋兼雑貨屋には光玉や薬草、モドリ玉といった物まで並んでいた。
アラナミ村に比べれば良い品揃えだ。
盗賊が来るのも頷けるっちゃー頷ける。
「薬草を買おう。銅貨三枚かい?」
銅貨十枚で銀貨一枚分、銀貨十枚で金貨一枚分の価値があるとされている。
グロンギは緑色の葉っぱを受け取り、それをズボンのポケットにしまい込んだ。
「老婆の言った事妙だったなー」
グロンギの言葉にアレクは「何が?」と問いかけた。
この若者は恐らく二十歳前後で、酷い差別はさほど経験していないはずだった。
「だって誰も見たことのない生物なんて空想上の話だろ?それこそ弱いかもしれないし、本当は実在しないかもしれない」
普通に考えれば確かにそうだった。
だが気になるのは三千年後から来た手紙。
嘘だと決めつけていた便箋がアレクを惑わす。
ーーアルマゲドンを倒してくださいーー
確かにそう書かれていた。
タイムマシーンを作ってでも伝えたかったバケモノと捉えられなくもない。
フッ……何がタイムマシーンだ。
馬鹿馬鹿しいこの話はよそう。
それよりあの青銅の盾が欲しいんだ。
アレクはハナからタンクを担うつもりだった。
つまり剣と盾で注意を引きつける役割である。
その為には底知れぬ体力と防御力がいる。
あの優秀な盾を貰うのはもはや必然だったのだ。
夜までまだ時間がある……退治屋について聞いておこう。
別に退治屋になりたい訳でもないが、どんな組織か興味がある。
「退治屋は総勢十三名の強者揃いだよ。僕はその中で最年少だ。本拠地はこれから行くクレイモア。クエストの依頼もそこで受けることが多い」
「じゃあ何故アラナミ村に来てたんだ?」
「森に潜むある物を探していてね。そのついでに寄ったのさ」
聞いた感じグロンギはそのある物を既に見つけた後のようだった。
あのポケットの中に薬草以外にも何かが入っている。
だがこれ以上詰め寄るのも無理があった。
アレクは詮索を諦め、得意の妄想で盾を装備した自分を想像していた。
盗賊たちはゴブリンよりは骨があるだろう。
絶対に気は抜けない。
もっと言えば死ぬ可能性だってある。
「任務の前に盾貰えないかな?」
「それは約束が違うよアレク」
アレクはアラナミ村を出たことがなかった。
此処タガヤシ村の噂も聞いていたが、クエストのルールなど知らない。
いやでも自分らが盗賊だったら盾を渡したら逃げられるもんなぁ。
仕方ない盗賊とは剣だけで戦うとするかあ。
でも良かったよなぁあの村を出れて。
グロンギが連れ出してくれなかったら当分居座り続けていただろう。
クランケーンの出現はある意味アレクの分岐点だった。
ああ思い出しただけでイライラする!
これは己の戦いだ。
盗賊を殺し、甘えを捨てる。
ゴブリン戦で見せた剣裁きを発揮出来れば倒せるはず。
後はグロンギから離れないことだった。
ほんと情けなーよなぁ。
早いとこ強くなってセンジュのにいちゃんに追いつかないと。
アレクは来たるべく戦いに備えてそっとテントで眠りについた。
夜。
任務決行の時間だった。
でも本当に今夜来るのかねぇ。
頭を倒すのが手っ取り早いが出てくるのは下っ端だろうか。
グロンギと共に厩の陰に身を潜める。
ああ自分の心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。
あと何分か後には馬を取られるかもしんねぇ。
グロンギも神妙な顔つきで馬を見つめている。
月の光に照らされた二頭の馬は何も気づかずにのんびりくつろいでいる。
その時だった。
グロンギが気配を察知して動き出す。
四本ある腕のうちの一つで殴りかかった彼は、盗賊の下っ端を後方へ飛ばした。
すかさずアレクも剣を抜いて参戦する……村の篝火に照らしだされる相手の顔は女だった。
しかも派手なマントを着ている。
若頭と言ったところか。
「はっ!」
女は手から電気を発生させ、アレクにぶつけてきた。
雷属性下級魔法スパーク。
扱うのにはコツがいるそうだが、この若頭はそれを熟知していた。
青緑の雷はビリビリとアレクの身体を蝕んだ。
痛ってなーもう……!
アレクは身体が痺れて動けない。
そうこうしてるうちにもグロンギは下っ端たちを全員殴り倒し、後は若頭を残すのみとなっていた。
「アンタやるじゃないかアタイはレイ・シルバーウィンドってんだ。センジュ族にも名前はあるんだろう?」
「答える義務は無いね……」
「ならそれ相応にさっさと散れ!」
レイと名乗る女性はまたもスパークを手から発生させる。
下級魔法とは言え普通なら習得するのに五年は掛かる。
この女とんでもない素質を持っていると言える。
アレクは必死だった。
痺れる身体に鞭を打ち、攻撃時に生まれる隙を突こうと動く。
グロンギは痺れさせられていた。
こうなったら自分が……何とかするしかねぇ。
「これ以上仲間を失ってたまるか!」
今朝のアリサの事だった。
それと同時にクランケーンが頭によぎる。
次の瞬間アレクは口から炎を吐き出していた。
夜に燃え盛る赤い炎。
灼熱の炎はレイのマントに火をつけた。
ドラゴンほどの威力はなかったが、賊を追い払うには十分だった。
「アンタたち、ずらかるよ!」
「グロンギ、動けるか?」
「何とかね……」
敵が計画通り退散していく。
追っていけばアジトに辿り着くはずだった。
しかし森は暗い。
しっかり追わないとマントを脱ぎ捨てた彼女らに逃げられてしまう。
「くっ!」
若頭のスパークを受けたグロンギが苦しそうに倒れ込む。
アレクは一人で追うのを諦め仲間の回復を待った。
任務失敗だ。
だが生還したのはアレクのおかげと言っても過言では無い。
グロンギも見る目を変えただろう。
でもあの炎どうやって……。
気づけば南の砂浜まで来てしまっていた。
当然レイ達の姿はない。
だが代わりに浜辺を歩く女の子を発見した。
こんなところにドレス姿の女性が……?
白いドレスに身を包んだ金髪の女性の顔が月夜に照らし出される。
正に……絶世の美女。
アレクと同じ十六、七歳くらいだが、その若さからは想像できない色気と純真さを兼ね備えた女神が、森沿いの砂浜を散歩しているのである。
「君は……?」
思わず声をかける。
女性が此方に気づき、そのウェーブがかった虹色の髪を靡かせる。
これは……どういう運命の巡り合わせだ?
アレクは言葉を失い、グロンギの横で立ち尽くしていた。
近づいてくる。
「アタシパトラ。クレオパトラ・ホーリー。何処かで見た気もするけど……よろしくね」
これこそ雷属性スパークだよ……!
全身に雷を打たれたアレクは自問する。
これが美人に免疫のない男の反応か。
だが敢えて強気に出る。
一歩踏み出す勇気はドラゴンに挑んだ時と似ている。
「俺はアレク。よろしくな!」
この時かわされる握手が、後に強い魔力を帯びる事になる。




