第十二話「消滅」
(あの時、お兄ちゃんは一人で魔女に立ち向かった)
竜に跨るキャンディス・ミカエラは仕切りに遠くを見るような眼をしていた。
魔女の蛇睨みで身動きが取れなくなっていた彼女は、レナが魔女の闇属性魔法で鎧姿のまま血塗れにされるのをただ見つめるしかなかったのである。
その時だった。
アシュラが駆けつけたのは。
ナオミを救ったおかげでブルードラゴンは助かり、それは我々六人全員の生還に直結した。
でもなんだろう……さっきまであんなに打ち解けてたはずなのに、またアシュラが何となく孤立してる……。
雰囲気を感じ取っていたキャンディスは後ろに座るアシュラの顔を見た。
曇りの一点もない。
我々の仲間になりたい一心の目。
肌が灰色だろうと鬼の子であろうと、キャンディスは彼を迎え入れるつもりだった。
そしてなんだろうこの気持ち……歳が近いからかなぁ。
ああもうそんなの気の迷いよ。
キャンディスはレナという義兄弟を持ちながらも、アシュラの内面に興味を抱き始めていた。
先頭に座るメリアがチラチラとアシュラの方を睨む。
それはハモンの子である彼を化け物扱いするような、荒んだ眼だった。
「ちょっと!」
「?」
「何よその眼。アシュラは命の恩人でしょ?」
「はぁ?アンタコイツの肩持つの?信じらんない。なんとか言ってやってよレナ」
「…………まあ落ち着けメリア」
メリアのすぐ後ろに座るレナはふーっとため息をつき、やがてアシュラに向き直った。
「俺はいつまでもお前を監視してる。それを忘れるな」
それを聞いてアシュラはしょぼんとした様子だった。
「監視」ねぇ……。
それにしても立派な龍だこと!
体長は十メートルに達し、翼をはためかせるその姿は正に神の化身。
瞬く間にテルミナとアラモの国境に辿り着き、やがて円を描くように降り立った。
「アシュラ。気にしないでいいからね。私は貴方の味方よ」
降り立ち身繕いをしながらキャンディスは言った。
それにしても古びた村だ……幽霊でも出そう。
ブルードラゴンが何らかの意思を持ってこの場所を選んだのは間違いないが、それにしても暗い雰囲気の漂う村だ。
「アシュラこの村に見覚えは?」
「…………ねえよ。俺も初めて来た」
自身の黒髪に手をかけながら問うナオミに対し、残念そうにアシュラが言った。
ナオミ・ブラストはまだ完全には回復していない……。
だがそれはレナやドラゴンも同じだろう。
このパーティーは休息を必要としている、とキャンディスは思った。
「村人がいるか確かめようよ!私、行ってくるね!」
「お、おい!」
アシュラが思わず着いてきた。
メリアはレナとドラゴンの回復に忙しいようで、ハーフエルフも待機している。
マンティコアは歳のせいか勢いがなく、ドラゴンにもたれ掛かっていた。
「ごめんくださーい!」
アシュラといるといつもより明るくなる自分がいた。
言葉では説明がつかない不思議な気分だった。
ドアをノックしても反応がない。
アラモ地方の木製の家々は所々壊れかけており、人は住んでいなさそうだった。
だが試しに戸を開けてみる。
するととんでもない者に出くわした。
「エ、エルメス!」
エルメスは四人の勇者のうちの一人で裏切り者で知られるピエロの女である。
一緒にいるのは太刀を背負った骸骨。
こんなところで何をしていると言うのか。
「誰かと思えば憎きキャンディスじゃない。私はアンタに敗れた後、大陸を彷徨いコイツを手に入れた。レナちゃんの骸骨、名付けて『スカルナイト』……」
エルメスは話を続ける。
「今お前達といるレナは偽物よ。何故現存するのか不思議だがそんな事はまあいいわ。私の恨みを晴らす時!」
スカルナイトの太刀は邪気を帯びている。
恐らくハモンだかの生き霊を取り憑けたかに違いなかった。
ブンッ!
スカルナイトの一撃が空を切る。
アシュラが飛び上がってかわしたのだ。
「前回は三対一だったが、今回は二対ニだ。どうなるかねぇ?」
エルメスの下級雷属性魔法「スパーク」。
青緑の光攻撃に対し、キャンディスも「スパーク」で対応する。
下級魔法は詠唱時間が短く、体の負担も小さいのが特徴だ。
(それにしても今居るレナが偽物……?勝手な事言わないでくれる……!?)
二つのスパークのせめぎ合いは相打ちに終わり、家からは爆発と炎が上がった。
騒ぎを聞き駆けつけるレナ達。
アシュラはバク転しながら彼らと合流した。
「アイツ只者じゃねぇ……手を貸してくれレナ」
「上等だ!」
ファントムソードに手をかけるレナ。
だが不思議なのは何故エルメスが此処にいたのか。
何か目的があるはずだった。
「エルメス、貴方に勝ち目はないわ。ここにいた理由を言いなさい!」
「スカルナイトを見くびられちゃ困るけど……いいよ教えてやる。この村には零社の兵器の在処を知らす地図があるんだ」
「零社の……兵器だと……!?」
マンティコアが唸るように言う。
「魔女もそれを狙ってる。だからここは私と手を組んで兵器の復活を阻止しよう」
「信用できねぇな。裏切るかもしれん」
「真実を打ち明けたのに冷たいなレナちゃん。まあいいどうせ消える身だ。スカルナイトと戦うんだな!」
エルメスは煙と共に消え去った。
だが問題はアシュラですら手が出せなかったスカルナイト。
その太刀の威力は想像を絶する。
「うっ!」
吐き気を催しているナオミ。
やはり完全には回復していないのか。
エルメス曰くレナのアンデッドであるスカルナイトは、邪気を帯びた太刀でレナに斬りかかった。
大剣で迎え撃つレナ。
太刀とファントムソードの鍔迫り合いとなった。
一瞬の気の緩みも許されない……あれ、本当にお兄ちゃん消えかかってる?
「オラァ!」
敵に殴りかかったのはアシュラだった。
不意をつかれたスカルナイトがズザザ……と地面に倒れ込む。
「俺は……レナの墓標をジャングルで見た。本当は……七年前の親父との戦いで死んだんじゃないかって……」
ならばこの骸骨を壊せばレナも消える可能性がある。
だからアシュラは攻撃を躊躇っていたのか。
「俺が……死んでるだと」
大剣を地面に突き刺し、自らの手を広げて見つめるレナ。
「取り敢えずエルメスは逃げたんだから先ずは骸骨を落ち着かせましょ」
メリアの提案に皆賛成のようだった。
「半ば強引にロープで縛るしかなさそうだが……」
マンティコアが口を開く。
「何故死んだレナが現存出来たのか俺には分かるぞ。ナオミの愛だ。ナオミの白き心が想像世界にバグを齎した。それしか考えられん」
「じゃあ俺は骸骨と出会ったって事は……今から消えるのか?」
「う、おぇ」
ナオミが嘔吐している。
まさかレナと魂が繋がっているから……!
幻術なら果実で回復していたのか。
「消えるなんて嫌よ!」
メリアの声が古びた村に木霊する。
流石の半神マンティコアも、ここは成す術なしと言ったところなのか。
キャンディスは自分にできる事はないか模索していた。
元はと言えばドラゴンがこの場所に我々を連れてきた。
何とかしてと、ブルードラゴンの方を振り返る。
「タマシイハ、ニクタイヲホッシテイタ」
竜の口から告げられる真実。
暗黒の鎧を着たレナの身体から、ポワンポワンと光が溶け出している。
そしてそれはスカルナイトに吸い込まれていき、肝心のレナは消えかかっている。
「また会えるんだよね!?」
思わずキャンディスも叫んでいた。
このまま魂がスカルナイトに吸い込まれるだけなら……姿形は変わってもレナのままだ。
「アシュラ。ナオミの事頼んだぜ」
それがレナの最後の言葉だった。
レナ・ボナパルトは光と消え、スカルナイトが口を開いた。
「ナオミ、マンティコア!エルメスは何処だ?キャンディス何故此処にいるんだ……?」
空いた口が塞がらなかった。
この記憶七年前ハモンに敗れグレンに挑む時と同じ……!
メリアやアシュラといった者の記憶は忘れ去られている。
ナオミがレナをギュッと抱きしめた。
骸骨の姿のレナは呆然としている。
「幸いファントムソードや暗黒の鎧といった装備はあるんだ。記憶を探す旅に出られる」
マンティコアは前向きだった。
最後の言葉を聞いたアシュラは眼を見開いている。
「いや……この太刀は優れ物だ。鍛冶屋に頼んでファントムソードと融合させよう」
鍛冶屋……?
そんなの何処にいるのよ。
やっぱり記憶が曖昧なのだわ。
キャンディスが狼狽える中、ブルードラゴンが言った。
「カジヤガイル、アラモチホウノシュトニアンナイシヨウ」
アラモ地方の首都グレンシア。
噂でしか聞いたことがないが、ハモンが生まれた場所だ。
「待って。兵器の地図を探すのが先よ。手分けして探しましょ」
古びた家々には見たところない。
そんなのエルメスが簡単に見つけているはずだった。
ならば地下……!
キャンディスは隠し階段を発見した。
「行きましょ、アシュラ。地図が待ってる!」
階段を降りた先に零社の兵器の在処を記す地図はあった。
この大陸の南の端だ。
ならばグレンシアで装備を整え、その後南へ向かうのが道理と言えた。
「ノレ、エラバレシモノタチヨ。ソナタラヲグレンシアデオロシタノチ、ワタシハサル。ミナミヘノボウケン、ブジヲイノッテイル」
ブルードラゴンとはグレンシアでお別れか……。
アシュラのお父さんが生まれ育った場所、一体どんなとこなんだろう。
「本当にあれからの事、何も覚えていないのか?」
とマンティコア。
メリアは泣いている。
暗黒の鎧を纏い、太刀とファントムソードを背負ったスカルナイトの記憶を求める旅は始まった。
無駄かもしれない……。
世界の果てまで行っても記憶は戻らないかもしれない。
それでも一行は歩み続ける。
先ずは兵器を破壊し、使用不可能にするが目的だ。
「ナオミ、気分は大丈夫?」
と彼女の背中を摩る。
例え記憶が無くなり骸骨になってもレナはレナ。
その意見はナオミも同じはずだった。
グレンシアは首都だけあって大きい街だろう。
治安が良いとは限らないが、良い武器が手に入りそうだ、とキャンディスは思った。
自分の武器グレンウォンドは創造主グレンの遺した優れ物で、ナオミの双剣もミルナ島では指折りの切れ味を誇る。
マンティコアの魔導槍も大した物だった。
ならばアシュラとメリア、この二人の武器を検討すべきだった。
特にアシュラは武器次第では大幅強化が可能だった。
我々を送った後、ドラゴンはフメア山に帰るのか。
短い出会いだったが、必然だったとも言える。
大空を羽ばたいているうちに、グレンシアが見えてきた。
中央には円状の闘技場のような物も見える。
「ワタシハココデシツレイスルゾ」
ブルードラゴンは街の広場に降り立ち、すぐさま羽を翻した。
空から見た感じで言えば、マゼラやゼラートと同じくらいの広さはある。
人口もそこまで少ない訳ではなさそうだ。
「宿屋探そ?アタシもうクタクタ」
メリアはイザベル遺した薔薇のおかげで魔力は底上げされていたが、肝心の杖が無かった。
明日は武器屋を見てみるべきだろう。
(それにしてもお兄ちゃん、私の存在自体は覚えててくれたんだ……)
グレンの呪いも消えたと言ったところか。
六人は宿屋にたどり着き、二階のベッドに横になった。
「長い一日だったな」
「でもレナの最後の言葉、アンタに言ってたんでしょ、あり得ない」
「ちょっとメリア」
「喧嘩はよせ」
とマンティコアは窓から闘技場の方を見つめていた。
ナオミの気分はもう良いようで、レナに付きっきりだ。
「消える前に肉体が見つかって良かった。ドラゴンに感謝しよーぜ」
とアシュラが言っていた。
メリアの塩対応にももう慣れたか。
「フフッ、そうね……」
キャンディスは暗くとも前向きなアシュラに惹かれ始めていた。
いつかメリアも分かってくれる。
そう確信しキャンディスは彼女のベッドで眠りについた。




