第十話「戦争」
その日の午後。
三隻の船は西へ西へと確実に歩み寄っていた。
先陣を切るアシュラはフィーネと一緒で、その他百名の兵が、指揮下となっている。
「アンガス・クロウ率いるエルフ軍が港町に集結中。先ずは我々の出鼻を挫くつもりのようです」
人語を操る鷹に情報を集めさせた部下が言う。
早速のクロウ家との対峙に顔色を変えたのはフィーネだった。
「アタイは両親を憎んでた。異世界という楽園がある事を知りながらそれを隠し続けた罪は大きいぞ」
と戦闘態勢である。
それにしても異世界か……。
今ミルナ島に居るであろう者の力を借りればその場所へと赴ける。
だが。彼はこの姿だ。
フィーネとは違い化け物扱いされる可能性も大きい。
「見えてきたねぇ!」
フィーネの指差す先に港町グレンソールはあった。
海に出た三隻のうち、最後尾の船には力を取り戻した魔女が乗っている。
「暗くてよく見えねえ。油断するな野郎共!」
とアシュラは腕をグルグル回した。
アンガス・クロウ。
神々の加護を受けた男がどれ程のものか見ものだな。
それにしてもフィーネと同じ船でよかった。
これで彼女の実力が知れる。
居た。
剣と盾を装備した顔に刺青を施した男。
レナやナオミといった主戦力の姿はなく、五十名ほどのエルフ達が弓を構えている。
「行くぞ!」
アシュラは勢いよく船を飛び降り、戦争の火蓋は切って落とされた。
矢が何本も頬を掠める。
だが皮膚は鋼のように硬く、当たったとてそう容易くは死なない。
(くっ!)
一本、自分の胸板に刺さった。
引き抜き、形成を整えるべく大将のアンガスの元へと向かう。
「援軍はまだか!」
後方でフィーネの声が聞こえた。
百名のうち十数名が、既に矢の餌食となっている。
必死だった。
早く大将の首を取らないと、城を攻める前に兵の士気が低下してしまう。
アシュラは何とかアンガス・クロウとの一騎打ちに持ち込み、腕から衝撃波を見舞った。
腹から伸びた二本の腕から放たれる青白い光線。
当たるまいと飛び上がって避けた先に、待ち構えていたアシュラは上部の腕で振りかぶってパンチを見舞った。
クリティカル・ヒットとも呼ぶべき一撃は、アンガスを石造りの床に叩きつけた。
ここぞとばかりに口から毒を吐き、敵の動きを鈍らせる。
紫色の煙幕は確実に対象の身体を蝕んでいった。
港町グレンソール。
中規模なこの町は、血生臭い戦場と化した。
「こんなモノ!」
とフィーネがグレン・シルバーウィンドの石像を蹴り壊しているのが目に映った。
それほどまで父が憎いのか。
だがこのままでは神々は奴らに味方してしまう。
「覇!」
アシュラの腕から再び放たれたビームはアンガス・クロウの胸を貫き、やがて港は我々アンドロメダ軍のものとなった。
初戦は終わった。
二隻目、三隻目の船が次々に上陸し、船から降りてきた魔女はご機嫌だった。
「フム……良い出だしじゃ。負傷した兵を集めよ。わらわの力で生贄とし、更なる将軍を生み出そうぞ」
う、うわぁぁと恐れおののく負傷兵。
構わず魔女は自らの魔力で魔法陣を引き、次々とその生贄として殺していく。
巨大な赤き魔法陣の中央。
復活したのは獣人の姿のマンティコアだった。
背丈は二メートルを超え、槍も持っている。
以前は勇者ナオミの師匠だった頃もあったようだが、今は魔女の僕として、奴らと対峙する事になる。
獅子の頭部を持つマンティコア・ライデンは片膝をつき、アンドロメダにひれ伏した。
フィーネもそれに続く。
だがフィーネ・シルバーウィンドは彼女の父の石像を破壊した。
それは我々にとって戦況を左右しかねない出来事と言える。
それはそうと先ずは大将アンガスを殺した。
殺される前「ナオミちゃん、どうか……」と言っていたが、構わずアシュラはビームを放った。
ナオミ・ブラスト。
人助けの旅をしていたお人好しだが、人を惹きつける何かがあるのか。
馬鹿馬鹿しい。
自分に仲間は必要ない。
あのフィーネにでさえ、自分は心を許していないのだ。
砂地を越えれば敵の本拠地サルデア城である。
今度こそレナに会える。
ナオミの目の前で奴を殺してやる。
そしてやがては異世界へと旅立つのだ。
異世界でアシュラが幸せになるとは限らなかった。
だがほんの少しでも希望がある限り、前に進むべきだと思うようにしていた。
「よくやったアシュラ・ヴェラスケス。明日はマンティコアと共に城を攻めよ」
魔女は港町で隠れていた民を奴隷とし、さぞかし機嫌良さそうに言った。
とは言え、あの復活の呪文はそう容易くは使用できないようでアンドロメダ自身は明日はここグレンソールに残るつもりらしい。
「アタイも行きます。勇者達を甘く見ない方がいい」
フィーネは幻術使いのようで、敵の精神を乗っ取る事で戦場では活躍していた。
アシュラもレナとナオミ二人同時に相手して勝てるとは到底思えなかった。
ならば自分がレナを、フィーネがナオミを倒すのが良さそうだと言えた。
もうすぐ日も暮れる。
魔女の力が及んでいるとは言え、昼と夜の区別はつくほどの光は出ていた。
それにしてもマンティコアが味方についた事は大きい。
敵にとって戦い辛い相手である。
父ハモンは流石に魔女でも制御できないのか、復活させたのはあの獣人という形になった。
それでいい。
もはや父に未練はなく、異世界に行けるかの一点がアシュラの動く動機となっている。
先ずはこの戦争を終結させ、マンティコアに異世界への扉を出現させてもらえればいい。
例えそれが叶わなくても、敵の魔導師はそれを可能にさせる。
捕虜にして無理矢理ゲートを開けさせるという道もあった。
今日は此処で眠るのか。
まだ寝るのには早いのでマンティコアとの関係を築くべく、話しかけてみる事にした。
噴水広場。
そこで半神マンティコアは腰掛けていた。
兵の一部もその周辺で談笑している。
その時だった。
噴水の真上に紫色のゲートが出現し中から五、六人が姿を現したのである。
「占いの通りですわ!魔女はまだ生きています!」
赤髪の女性はマンティコアを見るなり表情を変えた。
かつての仲間だとでも言うのか。
レナ・ボナパルトは大剣を所持しており、髪の色からしても彼で間違いなさそうだった。
そしてナオミ・ブラストはエルフの血を含んでいるようで、その目からは怒りが見受けられた。
「敵の奇襲だ!皆の者、アンドロメダ様をお護りするのだ!」
と兵達が叫ぶのが聞こえる。
レナ・ボナパルト……此処であったが百年目だ。
「俺の名はアシュラ。アンガス・クロウを殺したのは他ならぬ自分だ。さあ、戦えレナ・ボナパルト!」
レナは片腕に刺青のようなものが見受けられ、その背中からは翼が生えていた。
化け物と呼ばれそうな外見は異世界での平安を予感させ、アシュラの胸は踊った。
「灰色の皮膚……四本の腕……!これは簡単にはいかなさそうだぜ」
レナは悪魔の大剣ファントムソードを振り下ろし、アシュラはそれを腕を交差させガードした。
戦争再び……その中心にアシュラたち二人だ。
「下がってイザベル。今はマンティコアは敵だよ。ここは私がいく」
幼き金髪三つ編みの少女は高い魔力を有しており、マンティコアとサシで戦うつもりだ。
「アシュラ、マンティコア、今助太刀に行く!」
駆けつけたフィーネ。
対峙するは双剣を構えたあのナオミだ。
戦争。
アンガスの死に怒る彼らは、魔女と戦う前に先ずは我々を消すつもりか。
「アタイの幻術を甘く見るんじゃないよ。ハーフエルフ・ナオミ……これから過去を彷徨え!」
フィーネの声が戦場に木霊するが、今はそれどころではなかった。
レナ・ボナパルトの大剣の威力は予想以上で、次々と繰り出させる斬撃を、アシュラは後方に退きながら何とかかわしている。
「雑魚はアタシに任せて!」
敵の銀髪の魔導師は一般兵に火を放っており、イザベルと呼ばれし占い師はナオミの治療を試みている。
「想像以上だなレナ・ボナパルト。親父を殺したのもマグレではなさそうだ。だが俺の孤独を賭けて、何としてでも貴様を殺す!」
「やってみろ……」
アンガスを殺されたレナは鬼の形相で此方を睨む。
魔女は復活の呪文で力を使い動けない。
神々は奴らに味方した。
万事休すか……。
たが誇りに賭けて負けられねえ!
毒霧を口から吐き出した。
ゴホゴホと咳き込むレナ。
マンティコアは金髪の少女に対し優勢のようで、容赦なく魔導槍を振り上げている。
「お前が過去にどんな事があったかは知らねえ……でも仲間を傷つける奴は死んでも許せねぇよ!」
レナは痺れる身体に鞭を打ち、高さ二メートルのゲートを作り出した。
不意の大技にアシュラはなす術もなくその中に吸い込まれていった。
中は真っ暗な空間。
そしてそこで天井に映し出されたのは小石を投げられて子供達に虐められる幼きレナだった。
「アシュラ・ヴェラスケス……」
声の主はグレンだった。
自分を殺しに来たとでも言うのか。
「お前は父と違い完全な邪悪には染まっておらん。罪を認め改心するならここから出してやろう」
レナは過去に虐められていた。
異世界の住人で腑抜けな奴かと思っていたが……それなりの過去を持つようだ。
だがこの自分が改心?
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「現実世界に興味があるようだな。だがそこは決して楽園などではない。お前さんやフィーネにとってもな……。だがこれだけは覚えておけ大切な仲間と共にいる限り、幸せの灯は消える事はない!」
「大切な仲間……?そんなの何処にいるよ?」
「改心しレナ達と共に行くのじゃ。魔女はお前さんの幸せなんぞ望んでおらぬ」
「へっ……どのみち此処から出るにはそうするしかなさそうだしな。いいぜレナの仲間になってやる」
グレンの霊は頷き視界は暗闇から松明で照らされる戦場へと移り変わっていった。
レナは疼くまるナオミに必死に声をかけている。
フィーネの幻術……恐るべしと言ったところか。
次の瞬間、戦場がどよめいた。
マンティコアの魔導槍がイザベルの身体を貫いたのである。
三つ編みの少女を庇う形で立ち塞がった占い師は口から血を放った。
「お願いマンティコア正気に戻って。魔女に付くなんて天は望んでない。この国の未来のために……貴方は必要なの」
マンティコアは無情にも貫いた魔導槍を引き抜き、高々とそれを振り上げる。
「イザベルー!」
少女の声も虚しく、マンティコアの斬撃は占い師を葬った。
だがマンティコアの手は震えている。
「ばっかなんじゃないの!イザベルさんは命を賭けて貴方に問いかけたのよ、何とも思わないの!?」
「あ、危ないよメリアさん!」
メリアと呼ばれし銀髪の女は勇敢にもマンティコアの前に立ち塞がった。
そしてイザベルの薔薇に手を掛ける。
「漆黒の薔薇……イザベルさんアタシに手を貸して。浄化魔法に賭ける!」
薔薇を髪に翳したメリアは両腕を突き出す。
眩い光が、獣人マンティコアを照らしていく。
「余所見してんじゃないよ!もうナオミ・ブラストは助からない……精神を食らったからね」
とフィーネ。
そこへグレンの霊が現れた。
「退け!我儘娘。お前の居場所などこの島の何処にもないわ!」
「クソジジイ……!」
ピアスを開けたフィーネの顔が兵達の持つ松明に照らし出される。
「アタイはアンドロメダを女王にする……もう誰にも止められないよ」
「黙れ!」
今まで陰に隠れていた茶髪の若者が矢を放ち、それはフィーネの額に命中した。
「ナオミさんをよくも……僕は貴方を許しません!」
「チィ……この程度で死にはせんが一旦引くか……憶えてろクソジジイ」
フィーネは額から血を流しながら去っていった。
それに続いて逃げていく兵達。
アンドロメダは船に乗り、東へと消えていくはずだ。
「ナオミ!」
レナはナオミの身体をゆすくっていた。
無論返事はない。
「アンガスの事は済まなかった……この俺が奴に代わってお前の仲間になってやる」
「ケッ……勝手にしろ……!」
メリアの浄化魔法も功を奏しマンティコアも穏やかになった。
アンガス・クロウとイザベル・クロウ。
二人の死を目の当たりにしグレンの霊は沈黙を保っている。
だが死んでるかもしれないのはレナも一緒だ。
アシュラは彼の墓標を大陸で見た。
風が船足を早める。
戦争は終結した。
異世界も楽園ではないとグレンは言っていた。
ならばここは心を入れ替えレナ達について行くか。
仲間として心を通わせるまで何年掛かるのか……。
それでも長年の孤独からの解放に安堵している自分もどこかにある。
「アンタが王か?アルフ・レノン……」
残念ながらアルフは非力だった。
ならば王には留守を任せ、六人で旅するしかない。
レナ、ナオミ、キャンディス、マンティコア、メリア、そして自分アシュラのパーティーはこうしてこの日結成した。