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異世界恋愛系(短編)

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

 王宮の騎士団に付設されている医務室。消毒液の香りが漂う空間で、私はここ最近お馴染みとなったとある「お願い」を受けていた。


「急で悪いのだけれど、明日の出勤を代わってくれる?」

「明日……ですか?」

「ええ、そうなの。どうしても外せない用事ができてしまって。家族で、風邪をひいたおばあさまのお見舞いに行くのよ」


 上目遣いで私に「お願い」をしてきているのは、職場の先輩にあたるご令嬢だ。


 ここ最近、彼女は理由をつけて休日出勤を避けるようになってきた。遅番も難しいとあって、現場を回すのは困難になってきている。


「ねえ、無理……かしら」

「ええと、そう、ですねえ……」

「あなたにばかり頼んで、悪いとは思っているのよ」


 欠勤する場合には自力で交代要員を見つけなければならない。もともとの人数が少ない医務室では、それが事実上不可能なことだと私もよくわかっていた。


「お願い、どうしても会いにいきたいの。このままでは、不安で押しつぶされてしまうわ」


 先輩の切実な言葉が私に重くのしかかる。どうしたって、断れない。私は明日の予定をざっと振り返り、ゆっくりとうなずいてみせた。


「……わかりました。明日の勤務は、私が対応します」

「ありがとう! とても助かるわ。あ、それから、今週届いたものがあるから、薬品庫の整理もお願いね。それでも足りないものがあれば、発注書に記入しておいてくれる?」


 彼女の指差した先には、山積みになった木箱。中には治療に用いるための薬草やガラス瓶に詰められた液体がみっちりと入っている。運ぶ前から筋肉痛になりそうな量だ。


「はい。大丈夫です」

「それじゃあ、私は明日の準備があるので先にあがらせてもらうわ。お疲れさま」


 廊下に続く扉を開け、家路につく彼女の後ろ姿に、私はひっそりとため息をついた。やりがいのある仕事はもちろん大好きだ。けれど、彼女は大丈夫だろうか。こんなやり方が続くのは良くないような気がして、私は心配になる。


「おや、また休日出勤を押しつけられたのか?」

「ウィリアムさま」


 職場で共有されている勤務表に私の名前を書き込んでいると、声をかけられた。開けっ放しだった扉から入ってきたのは、王宮内の数少ない知人のひとり。凛々しい顔立ちと筋肉質な体つきがまぶしい彼は、騎士団の部隊長として働いている。


「先週は骨折したおじいさまのお見舞い。先々週は大叔母さまの快気祝い、その前は、ええとなんだったか」

「お母さまが発熱されたはずです」

「やれやれ。おばあさまのお見舞いという話を疑いたくはないが……。あなたもそう簡単に安請け合いして仕事を代わるものではない」

「もう、いつから聞いていたんですか。ですが、彼女が当日欠勤してしまう方が、周囲に迷惑がかかりますので……」

「それは、彼女の問題だ。こう言ってはなんだが、責任感が強すぎるとあなたが損をする。その辺り、もう少しさじ加減がわかるようになるといいのだが」

「そうですね」


 私の返事に、彼は呆れたように苦笑する。もともとは誠実で、優しい先輩だったのだ。そんな彼女を非難したくはなかった。


「今日も遅番なのだろう。それで明日も出勤では一体、いつ休むというのだ」

「大丈夫ですよ、しっかりごはんを食べれば何とかなります。食欲があれば、人間まだまだ大丈夫なものですよ」

「なるほど……。それならば、今夜夕食を一緒にどうだろうか」

「ゆ、夕食ですか?」


 突然の提案に私は驚く。これではまるでデートのお誘いみたいだ。彼が明後日の方向を見ながら頬をかいた。


「あなたが毎回休日出勤をしているのも、我々騎士団のため。そのお礼をぜひさせてほしい」

「そんな、私は、ただ仕事をしているだけで……」

「きちんと自分の仕事を果たせることがどれだけ素晴らしいことか。真面目なひとが美味しい想いをすることがあってもいいはずだよ」


 その言葉を嬉しく思うとともに、ほんのり残念な気持ちになった。


 こんな素敵な騎士さまが、私とデートをしてくれるはずがない。それなのに、物語のようなやりとりに一瞬胸をときめかせた自分が自意識過剰で恥ずかしかった。


「それでは、お言葉に甘えても良いでしょうか」

「もちろんだ。何か食べたいものはあるだろうか」

「好き嫌いは特にありません」

「なるほど。それならば、さっさと片付けてしまうとするか。こんな箱をひとりで仕分けていたら、腰を痛めてしまう。どうせなら、騎士団の男連中にも手伝わせるべきか」

「まあ、それは頼もしいですね」


 騎士団のみなさまが、この狭い医務室にぎゅうぎゅうに入り込む姿を想像すると、ちょっと面白い気もする。


「いや、すまない。やはりやめておこう。脳筋に繊細な薬草やガラス瓶を触らせるとは、無茶もいいところだ。箱を開けたそばから、全部廃棄になりかねない」


 なんとも容赦のない彼の言葉に、私は思わず吹き出してしまったのだった。



 ********



 私たちはのんびりと街を歩く。夜風が肌に心地いい。日が落ちて過ごしやすくなったからだろう、通りには人影が目立った。


「夜とはいえ、まだ外が明るい。さすがは夏だな」

「そうですね。ここは、王都よりもだいぶ西側にありますから、日が落ちるのも遅いのですよ。この時期なら、まだしばらくはほんのり明るいでしょうね」

「朝も明るくなるのが遅いから、体内時計が実はいまだにしっくりこない」

「王都の方は、日の出の時間もこちらとはだいぶ違いますものね。私も、旅行で王都に出かけたときは、朝日の昇り具合から寝坊したのかと焦りましたよ」


 同じ国とはいえ、東西の違いで話が弾む。そんな私たちが向かっているのは、最近流行りのカフェだった。


 ウィリアムさまはもう少し格式高いお店をお勧めしたかったようだけれど、金額を想像するだけで恐ろしくて何とか思い直していただいたのだ。


 通りの途中に人垣が見えた。


「あんなところにひとだかりが。何かあったのか?」

「まあ、こんな時間でもひとが大勢並んでいますね」


 行列の先にあるのは事件などではない。マリトッツォと呼ばれる甘い食べ物を求めるひとの群れだ。異国からやってきた流行の菓子は、この街のひとびとをすっかり(とりこ)にしてしまった。


 行列から離れたひとびとの手にあるのは、てのひら大のスイーツ。


「あれは一体……?」

「最近流行りのお菓子ですね。生クリームもたっぷりですし、まるでハンバーガーみたいですから驚かれたでしょう?」

「ああ、あれが噂のマトリッツォか」

「ふふふ、マリトッツォですよ」

「そうだったか。いや、異国の言葉を覚えるのは難しいな」

「『maritozzo(マリトッツォ)』は、あちらの言葉で『夫』を意味する『marito(マリート)』からきているそうですよ」


 私の説明に、ウィリアムさまは困惑したような顔をする。


「『夫』のお菓子なのか? こう言ってはなんだが、世間一般では、男性よりも女性のほうが甘いものを好む印象があるが……」

「『(マリート)』となるべく、未婚の男性が恋人にマリトッツォを贈り、受け取った相手は妻になるという風習があるそうですよ」

「なるほど」

「他にも、あのクリームの中に指輪を隠して贈ったとか、美味しいマリトッツォを作ることができれば、意中の相手を射止められるとか、結婚にまつわるエピソードには事欠かないようですね」


 お味も逸話も甘い甘い異国のお菓子、それがマリトッツォだ。


「面白いものだな。それにしてもすごい人気だ」

「いつ見てもあんな感じなんですよ。それでも今日は短いほうなのですが」

「いつもだと……」

「そのおかげで、私もまだ実際には食べたことがないくらいで」

「じゃあ、せっかくなのだから並ぶとしよう」


 当然のように誘われて、驚いた。行列に喜んで並ぶひとはいない。しかも人気があるとはいえ、興味がないひとから見ればただのお菓子でしかないのに。


「でも、これから夕食に行くので……」

「あれだけマリトッツォに詳しかったのだ。楽しみにしていたのだろう? 食べたい気持ちがあるのならば、今日でもいいはずだ」

「やはり、気を使わせてしまったのですね。本当にすみません」

「あなたがおいしそうだと思ったものを、わたしも食べてみたいと思っただけだよ。これは、むしろわたしのわがままだ」


 かけられた言葉と眼差しがあたたかい。行列に並んでいる時間が楽しくて、お目当てのものを手に入れるまではあっという間だった。


「どうぞ。クリームに気をつけて」


 マリトッツォをウィリアムさまから渡されて、急に私は恥ずかしくなった。


 ――『(マリート)』となるべく、未婚の男性が恋人にマリトッツォを贈り、受け取った相手は妻になるという風習があるそうですよ――


 自分の説明を思い返して、顔が熱くなる。


「どうした?」

「い、いえ、間近で見るとすごい量ですね。かの国では、これが朝食になるだなんて信じられません」

「これは子どもの夢のようなお菓子だな」


 可愛らしい表現に、私も同意した。バケツプリンに山盛りポテト。大人になってしまうと、胃もたれが怖くなり想像さえ難しくなるタイプのものだ。


「子どもの頃に出会っていたら、このお菓子もいくつくらい食べられたでしょうね」

「子どもは、あればあるぶんだけ食べる底無しの胃袋を持っているからな」

「子どもの頃はおこづかいが少なく、大人になってからでは胃もたれしてしまう。切ないものです」


 つい本気でため息をついたせいか、彼に笑われてしまった。


「ケーキをホールで食べたいというのは、それこそ私の子ども時代の夢だったのですよ」

「わたしも、子どものときのわたしに教えてやりたいものだ」

「まあ、甘いものも平気だったのですね」

「騎士団の男どもは、体力勝負のせいか甘いもの好きも多い。差し入れ歓迎というのは、建前ではないのだよ」


 クリームが、不思議なほど体に染み渡る。この甘さがどこからくるのかわからないまま、私はさらに食べ進め、そして気がついた。


「あっ……」

「どうした?」

「い、いいえ、何でもありません」


 おばあさまの具合が悪いと話していた先輩が、男の人と腕を組んで歩いていたなんて、真面目なウィリアムさまにはとても言えなかった。



 ********



 翌日の休日出勤は、怪我人も急病人もなく、本当に穏やかなものだった。お昼が過ぎる頃までは。


 荒々しく医務室の扉を開いたのは、大柄な男性。彼は威圧感たっぷりに私を怒鳴りつけてきた。


「娘は遅番だ、休日出勤だと家をしょっちゅう留守にしている。この職場の勤務形態はどうなっているんだ!」

「ど、どちらさまでしょうか」


 恐る恐る問いかければ、鋭い眼光で睨み付けられる。


「なるほど、お前がうちの娘に仕事を押しつけている不届きものか。恥を知れ!」

「あの、お言葉ですが……」

「謝罪もなしに、言い訳か!」

「いえ、その」

「声が小さい! 責任者を呼べ!」


 さらにひどく大声をあげられて、思わず身がすくむ。まくしたてる話の内容を聞く限り、男性は先輩の親御さんのようだけれど、話を聞いてもらうことは難しそうだ。


「これは、一体何の騒ぎだ」

「お前がこの医務室の責任者か」


 びりびりと鼓膜が震える。硬直した私に気がついていたのか、ウィリアムさまは私と先輩の父親との間に割り込んでくれた。


「わたしは、騎士団の第二部隊長を務めております。医務室で、何かございましたか」

「うちの娘がここに勤めているが、ここ最近、遅番に休日出勤で職場に縛られている。どうなっているのだ」

「つまり、働き方や人員の配置の仕方がおかしいのではないかということですね」

「そういうことだ」


 ウィリアムさまが、棚からとあるファイルを取り出していた。


「ご覧ください。こちらが勤務表ですが、ご息女は今月はまだ一度も遅番や休日出勤をしておりません」

「そんな、バカな!」

「その代わりに、いつ医務室を訪ねても、こちらの彼女はここにいました。騎士団の日誌には、医務室を利用した人間の名前も記載しております。何かあれば、彼らを呼んで証言をとってもらっても構いません」


 肩を落とした男性に向かって、ウィリアムさまが何かを言い含めている。そこへ、渦中の先輩が飛び込んできた。


「す、すみません、父が勝手に……」


 謝罪を口にした先輩に対して、先輩の父親が呆れたように吐き捨てた。


「嘘までついて、一体お前は何を考えている。やはり、女が学をつけ働いたところで何のためにもならんな。いっそ退職も視野に入れたほうがよいな」

「そんな、お父さま!」


 先輩が悲鳴をあげる。私はどうしても黙って見ていることができなくて、先輩に小声で話しかけた。


「このまま隠しても、よいことなんてありません。どうぞ、今こそお父さまと腹を割って話し合ってください」

「な、何を……」

「昨日、先輩のことを見かけました。街の大通りで」


 うなだれたままの先輩は、手で顔をおおったままだ。私の声は聞こえなかったはずだが、先輩の父親が忌々しそうに吐き捨てた。


「おおかた、あの男と会っていたのだろうが。何度言われようと、わしの答えは変わらん。騎士を諦め、文官になるようなへたれた男となど、結婚は許さんと言ったはずだ。まったく、あの男もあの家も、いい加減に諦めればよいものを」

「お父さま、痛い、お止めください」


 そのまま、物のように娘である先輩を引きずろうとしていたが、ウィリアムさまによってその腕を軽くひねりあげられていた。


「くっ、貴様、何をする!」

「これは失礼。女性への扱いとは思えず、つい手が出てしまいました」

「娘であれば、父親に従って当然だ」


 居直る彼に向かって、ウィリアムさまがゆっくりと噛んで言い含める。


「我々が武で国を支えるように、文官のみなさまは知で国を支えております。他方を不当に貶め、もう一方を褒め称えたところで誰が喜ぶでしょうか」

「だが、この話はもう終わったことなのだ。娘とその男との婚約は、すでに()()に解消されている」


 先輩が下を向いたまま、涙を流している。その手はお腹をかばうように、そっと当てられていて……。私は、先輩の変化の理由に思い当たった。


「父親であるあなたがそのような態度だったからこそ、仕事を口実にするしかなかったのではありませんか。いっそ駆け落ちでもなさったほうが、幸せになれるかもしれませんね。先輩もおかわいそう」


 私の言葉に、彼の顔がどす黒くなった。そのまま手近な棚を蹴飛ばしたせいで、薬棚からたくさんのものが床に散乱する。


「仕方がありません。医務室内で損害が出た以上、これからお相手とともに、騎士団の事務室内で話し合いをしていただきます。同意していただけないようでしたら、それなりの対応をさせていただくことになりますが」


 ウィリアムさまの言葉に、彼も落ち着きを取り戻す。この辺り、腐っても貴族なのだなあと私は感心してしまった。


「助言感謝する」


 一言だけ絞り出すと、彼は先輩を連れてさっさとこの部屋を出ていこうとした。それにウィリアムさまが待ったをかける。


「何かお忘れではありませんか?」

「は?」

「出勤の件は誤解だったわけです。彼女へ、どうぞ謝罪を」


 ウィリアムさまは先輩の父親と見つめ合う。そして、先に目をそらしたのは先輩の父親のほうだった。


「お嬢さん、本当に申し訳なかった」

「わかってくださったのであればかまいません。どうぞ、しっかりと納得いくまで話し合われてください」


 私の言葉に彼は鼻を鳴らすだけだったが、私は気にならなかった。私のためにウィリアムさまが怒ってくださった。それだけで十分だったのだ。


 ふたりが医務室を出ていってから、今まで見たことのない怖い顔のウィリアムさまに叱られた。


「どうして、あんなことを言ったんだ。激高したあの男に、あなたが殴られる可能性だってあったんだぞ」

「むしろ、それを狙っていたんです。王宮内で暴力沙汰が起きれば、先輩の件もうやむやにできないはず。いっそ大勢の知るところになれば、結婚への道もこじ開けられるのではないかと」


 先輩のことを、お腹に宿った命を人知れず処置されることが恐ろしかった。貴族は体面を重んじることを知っていたから。どちらがよりスキャンダルとなるのか、私にはわからない。それでも今すぐ式をあげることができれば、少なくとも先輩たちは幸せな家族になれると私は信じている。


「どうしてそこまで……。いや、あなたはそういう女性だったな」


 安心したせいか、突然震え始めた体を抱き締められる。ぽろりとこぼれた涙は、ウィリアムさまの手によってぬぐわれた。


 肩をすくめて笑ったウィリアムさまが、私の頭を撫でた。


「あなたがどれだけ真剣に仕事に取り組んでいるか、わたしはわかっているつもりだ」

「ウィリアムさま……」

「けれど、その真面目さで傷ついてほしくないのだ。きっとあなたの性分は変えられないだろう。だったら、これからもどうか隣であなたのことを見守らせてほしい」


 そのまま触れられた彼の唇は、一緒に食べたマリトッツォよりも柔らかくて甘いものだった。



 ********



 王宮医務室は、今日も人手不足。私は休日出勤を終えて、ウィリアムさまとともに家路についていた。


「先輩が好きな方と無事に結婚できて、本当によかったです」

「もともと、強硬に結婚に反対していたのが彼女の父親だけだったというのが幸いだったな。あの男の両親も、話がわかる人間だった。一体どうして、あの男だけが偏屈になってしまったのか」

「今では、偏屈どころか、すっかり好好爺だそうですよ。生まれたばかりのお孫さんを抱っこするのが何よりの生き甲斐だとか。おむつの世話も嬉々としてなさっているそうですし」

「孫効果……そこまで来ると恐ろしいな」

「案外、先輩のおじいさまももともとはお父さまそっくりの、癖の強い方だったのかもしれませんね」


 ひとの気持ちは、外から見ているだけではわからない。


 先輩は、たったひとりで母になる不安を抱えていた。あの横暴で傲慢に見えた先輩の父親も、ただひたすらに娘の幸せを祈っていただけなのかもしれなかった。


「何にせよ、めでたしめでたしだな」


 ウィリアムさまの言葉に、私も深くうなずいた。


 私たちはまた街の大通りに来ていた。一時の流行で終わらず、すっかり街に定着したマリトッツォ目当てのお客さんが、列をなしている。


「せ、せっかくだから、食べていこう。疲れているだろうし、買ってくるから、ここで待っていてくれ」


 行列から少し離れた広場の噴水前に連れて来られる。ウィリアムさまが小走りにお店に向かうのがなんとも可愛らしかった。


 あの一件から、すっかり当たり前になったふたりの距離。


 ――これからも、どうか隣であなたのことを見守らせてほしい――


 その約束が、これから先もずっと続けばいいと思う。


「待たせて悪かった。ク、クリームに気をつけてくれ」

「ありがとうございます」


 なぜかこちらを一心に見つめてるウィリアムさま。どことなく、緊張しているようにも見える。


「もう、そんな風に見つめられると食べにくいですよ」

「す、すまない。では、飲み物を買ってくるとしよう」

「大丈夫です。もうすぐ食べ終わりますから」


 目を丸くするウィリアムさまの顔に、私は吹き出しそうになるのを必死でこらえた。


「ぜ、全部、食べてしまったのか?」

「ええ、とても美味しかったです。あら、まだ召し上がっていらっしゃらないのですか?」

「な、何か、違和感はなかったか? いや、こうしてはいられない。近くの医者に、いやむしろ王宮の医務室の方が腕は確かか?」

「まったくどうなさったんです。ほら、クリームがだれてしまいます。どうぞ召し上がってください」


 口の中の指輪を舌で転がしてみる。甘い、甘い、幸せな恋の味。実直で誠実なウィリアムさまが、一体どんな顔をして店主に指輪を仕込むようにお願いしたのか、想像すると笑いが込み上げてしまう。


 さて、いつ種明かしをするべきかしら。


 私はいつになく慌てふためくウィリアムさまの姿を見つめながら、幸せの味を噛みしめた。

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