第七話 毒耐性
痛そうに自分の尻を撫で、しばらくその場に座っていた。
少し時間が経ち、痛みが無くなったのか、汚れを払い落して、私の前に小走りで近づいてくる。
「これはなんです?」
「迷子防止用の紐だ」
この世界に来て、少ない金で初めて買えたもの。それが紐だ。
値段は安いが、今の私には助かるものだ。
強度に関して良いか悪いかで言えば、悪いと言ったところだろう。
「これじゃ狩られた魔物と同じ扱いです!」
「では、一人で帰るか?」
「それは」
抗議してきたが、自分一人では帰れないと悟ったのか大人しくなった。それでいい。
アレシアのお腹に紐を廻し、出来るだけ解けないように結ぶ。
ラぺリングや登山を経験していれば、本結びよりもっといいのがあったのかもしれない。
が、ここで頭を悩ませてもいい方法などは思いつくはずもない。
「ギルドに戻るか」
これなら多少は強くすることができるだろう。
討伐依頼用と、万が一の為にと買っていた別の紐をもう一個持っておいてよかった。
「アーロさん、そこまで強いのに何故ブロンズクラスの依頼を?」
「まだ上のクラスにいけていないからだ。いろいろと遭ったせいで試験を受けられずにいる」
「でしたら受けましょ! アーロさんの力ならもっと上に行けると思います!」
「買いかぶりすぎだ。それに、受けるにしても金がいる」
さすがに10頭は狩りすぎた。重い。5頭ぐらいにしとけばよかったかもしれん。
だが、そうすれば任務が中途半端になってしまう。それでは私の気が済まない。
まったく、困ったものだ。真面目というのはいいのだが、時折、面倒な性格だと自分でも思う。
頭だけとはいっても、ガルグイユの全長が私の身長よりも頭一つ分大きいとなると、首だけでもそれなりの重さになる。
持っていくのは大変だが、これが討伐記録の証拠になるのだから、今は我慢だ。
余裕が出来たら、討伐したお金でそりでも買って今度からそこに置くとしよう。
アレシアと何気ない話をしているうちにギルドに着いた。いろいろと問題は発生したが、任務に支障はない。
「アーロさん!」
「只今帰還した」
私の姿を見た途端に、対応していた他の冒険者を放って、その場に立ち上がる受付嬢。
涙ぐみながら心配してくれるのはありがたいが、まずは仕事を優先してほしいところだ。
「彼の報告を聞くのが先だろ。私のは後ででもいい」
「はい」
自分の袖で涙を拭き、仕事を再開した。
終わるまでの間、今回の獲物を確認しておこう。
ガルグイユ10頭に、トキシン・ブルの骨と皮。内臓は名も知らない雑食の鳥にやった。
そして、脅すために一羽の鳥に向けて撃ったやつ。といったところだな。
「アーロさん、お待たせしました! こちらに」
確認が終わった後、ライフルの軽い点検をしていたが、呼ばれたということは終わったようだ。
細かい確認はとりあえずは後ででいいだろう。報告が終わった後は武器屋に行かなくては。
銃弾の補充だ。
「怪我はありませんか?」
「ああ」
私の安全を聞くと、緊張で強張っていた肩を下げ、心配そうに見上げるその目や表情は安心した顔に変わった。
「おかえりなさい。そしてお疲れ様です」
「ただいま」
そんなやり取りをした後、彼女の表情が仕事の顔へと変わる。
すぐ切り替えができるのはいいことだ。
「では、アーロさん。今回の報告を」
「ガーゴイル10頭。それと、食料用に取ったトキシン・ブルの骨と皮。後、名も知らない鳥」
紐で括ったのを、見えるよう自分の胸元にまで持ち上げた。
それを確認した受付嬢が紙に記入していく。
「はい。確かに。それと、トキシン・ブルは」
「二頭狩った」
「えっと、ちょっと待ってください。食料って言いました?」
「ああ。言った」
私の発言に顔を顔面蒼白な状態の受付嬢。
見事なまでに鼻頭から髪の生え際の部分までが青白くなっている。
ここまで分かりやすくなるものなのか?
「ち、治癒師の準備を!」
「する必要はない。もう耐性はついている」
「何を言っているのですか! トキシン・ブルですよ! 獰猛な魔物すら倒してしまう猛毒を持つという」
「一度死にかけはしたが、それ以来症状が出たことはない」
焦る受付嬢を宥めてはいるが、パニックになってそれどころではないらしい。
焦るのは分からんでもないが、本当に症状は出ていない。
自分の体調を管理するのも仕事の一部だからな。
「し、死にかけたって……しかも、それ以来って」
脳の許容量を超えたのか、後ろにゆっくりと倒れていく受付嬢。
床に頭を打ち、重い音がギルド内に響いたが、無事だろうか。
驚かれたが、自分が異常だいうことは自覚している。過去に一度死んでからおかしくなったことも含めて。