第七十五話 木の匂い
もう1つ追加で今肉を焼いている。これは明日用にしようと思っていたのだが、ヘイリーがお腹を空かせているのだったら彼女用に焼かねばな。
先程発した私の言葉がいまだに信じられないのか、エルフの少女はずっと私とヘイリーを交互に見ている。
「分からなかったのか?」
「だって、この人から木の匂いがするから」
「え、あたし?」
驚いたヘイリーはその顔のまま目線を下げた。見上げているエルフの少女と目が合う。少女は確かめるかのようにヘイリーの服の匂いを嗅いでいた。
「お香とか別に焚いてないけど……」
不思議そうな顔をしながら自分の服を嗅ごうとするヘイリー。肩の部分に顔を近付けて匂いを嗅ぎ、しばらくそのままだったが、顔を勢いよく逸らしていた。いままでついた血の匂いがこびりついていたんだろうな。
「僕かアーロから香っているのかもね。それがヘイリーとアレシアについちゃったのかも」
シルフの説明に首を傾げるアレシアとヘイリー。
「同じ空間にずっといるならありえない話ではないが……」
「同じ空間だけじゃないよ。依頼のほとんどは森の中が多かったし、特にアレシアとかはびっしりだろうね」
「わ、私ですか」
名指しで言われ、驚愕した顔でアレシアは自分に向けて指をさしていた。元の世界のハイエルフ、ソフィア以外で女性と密接するということはほとんどないのだが、思いあたることがあるとすれば、前1度だけアレシアを抱えて走ったことがある。その時に匂いがついて、まだ取れていないということか。
あれから1日は経っていると思うのだが。
ただ、それで言うならヘイリーはどう説明する?
「ヘイリーのは分からない。僕が見てた限りではアーロとヘイリーが近くにいるところ見てないから」
「……ねぇ、もしかして雪山の時じゃない?」
シルフが首を傾げている。その問いに思い出したのか、ヘイリーが言葉にした。
雪山? 雪山となるとアイスベアーを狩りに行った時だ。だが、あれから1週間も経ってるぞ。
「雪山で何かあったの?」
「雪崩に遭遇してな。その時に体を暖めてたんだ」
私がそう答えると、ヘイリーは顔が真っ赤になっていた。何故赤くなる。
「あの時のアーロ凄かったよ」
「……へぇー」
ヘイリーの言葉にシルフがもの言いたげな目で見てくる。あんな綺麗な人がいるのに手を出したんだぁって視線が語っている。誤解だ。
「勘違いさせるような言い方をするな、ヘイリー。雪で服が濡れていたから、そのままだったら風邪を引くと思っって上半身だけ密接して暖めてたんだ」
「全部剥いだの?」
「隠さなくてはならないところ以外はな」
納得してくれたのか分からない声をシルフが出した。こういう時男は不利だな。何を言っても悪い方向に行く気がする。アレシアは顔を隠しながらキャーキャー言ってるし、エルフの少女からは更に睨まれた。私は何もしてない。決して。
「ヘイリー?」
おいたが過ぎるぞ。
「ちょっとからかっただけだよ」
「場合によってはそいつを追い込みかねんからな」
「ごめんね。それで、すごいってのは体の事なんだ。決して変な意味ではないからね」
一言私に謝り、誤解を解くためヘイリーは体と言ったが詳しく言わなかった。それでは全く弁解になっていない気がするが。
私に気を使ってなのだろうが、この体の傷を恥だと思っていないし、今まで戦い抜いて生きてきた証だと思っている。
匂いの元が私とシルフだと分かった少女の強ばってた顔が少しだけ緩んだ。何かをしようと、私とヘイリーを交互にまた見ている。
先程の行動からして、何をしようとしているのか察した私は頭上にいるシルフに目をやる。私の代わりに少女に近づいてやれ、と。その視線に気づいたシルフは無言のまま降りると姿を大きくし、エルフの少女に近づいた。
それによって警戒を解いたのか、先程までよりかは少女の雰囲気は柔らかくなっていた。
「ともかく2人を元のところに戻そう」
話が逸れてきた。これ以上逸れると収集がつかなくなりそうだ。
「アーロ、戻すのはいいけど、この子達はどうするの?」
「それを今悩んでいる」
街に戻るのは危険だが、私達はギルドに依頼が終わったことを報告しに行かなくてはならない。護衛任務はそう時間がかかるものでは無いと思われている。それに、もし依頼者が馬車の中に何もないと気付いた場合、街に戻っている可能性も考えるとこの2人をどこかに隠しておいた方がいいだろう。ただ、ギルドに報告している間、誰が見張っているかが問題になる。シルフに任せるのも一つの手だが、他の者達には見えないという問題がある。風の力を使って近付かせないようにするかもしれないが、対処できないことも出てくる。
「シルフ、誰にも知られていない場所を知っていたりするか? もしそこがあるなら2人を隠したいのだが」
「うーん……ないかな」
「そうか」
そう都合よく見つかるわけはないか。どうにかして隠すしかないようだ。




