第七十三話 水浴び
ひもを持ったままアレシアが持つのを待っているが、いつまでたっても手に取らない。どうしたものか。修行だといって持たせるか?
「うっ」
「いつかはこれ以外のものの匂いに慣れないといけないことだからな」
「はい……」
鼻を抑えながら恐る恐るひもを手にし、持ち上げようとしたがびくともしていなかった。片手で持てるほどブルは軽くない。諦めて両手で持ち上げようとしていたが、変わらずだ。まさか槍以上のものは持てないとかではないだろうな。
思い返してみると初めて会った時も荷物が少なかったような。
「……まずは体を鍛えるのが先だな」
「すみません」
かわりにブルを持ってヘイリーたちのところに戻るか。アレシアを鍛えることに関しては、後々で構わないだろう。
問題はエルフの子供達だ。あの二人をもともといた場所に連れて帰らなければならない。ただ、依頼を受けて何日もギルドに帰らないとなると怪しまれる可能性も出てくる。何か別の理由を作るか? モンスターに襲われたとか。
いや、それは無理だな。私とアレシア、シルフだけならできることかもしれないが、今はヘイリーがいる。彼女が苦戦するほどのモンスターがそうそう出ることはない。
「戻ったぞ」
「うっ」
エルフの女の子が鼻を抑えて倒れた。ブルの臭いに慣れていないからか。 確か初めてアレシアと会った時も倒れていたような。ヘイリーは鼻を抑えるだけで気絶はしていないが、嫌そうにしている。
「そんなにこれ臭うか?」
「うん、臭い」
「今までは?」
「今まではなかったけど、ここに来た途端だね」
ここに来た瞬間臭ったというのは危ないかもしれない。仕方ない。水浴びでもするか。ここから少し離れた場所に移動してブルから弾を抜いた後、捌く。焚火の準備はヘイリーとアレシアに任せよう。私一人でやらなくてもいい。アレシアは慣れていなくてもヘイリーが慣れているはずだから。
「どこ行くの?」
「肉を捌いてくる。そのあと水浴びしてくるから遅れる」
「じゃあ、捌いたの持っていくね」
「ああ」
シルフが大きい姿になって私の後をついてくる。持っていくと言っていたし、最後までいないよな?
「慣れてるね」
「同じことの繰り返しだからな」
ブルの頭の中に残っている弾を取り出し、毒となる肝と皮部分を取り除いていく。今回は頭も取り除いたほうがいいかもしれないな。かけらがないとは言い切れないからな。
シルフは「へぇー」と感心しながら私がブルを捌いている様子をずっと見ていた。
「それってなに?」
「銀の串だ。これで毒があるかどうかを確認出来る」
「どうやって分かるの?」
「これが変色する」
私が知っているのはそれだけ。何がどう変わるかなんての説明は出来ない。それは化学とかの話になるからだ。
「よし、捌き終わったぞ。これを持っていってくれ」
「うん」
持ち上げてヘイリーの所へ行った。どうやっているかなんてのは分からない。
何度か戻ってくるかもしれんが、今の間に水浴びしておくか。拭くためのタオルがあっただろうか。なかったらそのまま手でやればいい。
ついでに服もと思ったが、着る服がなくなるな。
「わお」
「のぞきか」
とりあえず上半身だけと思って服を脱いだ時に、もう一つを取りに来たシルフが覗いていた。
「初めて見たかも。アーロの体」
「だからって触るか?」
捌き終わっている肉を持っていかず、近づいて私の周りを回りながらじっくり見まわすと、過去の戦闘で出来た傷を指先で何度も触って感触を確かめていた。これでは水浴びも出来ない。
「ヘイリーたちが待ってるだろ。早く持っていったらどうだ」
「もう少し」
手触りを楽しんでいるのか、シルフが自分の手全体を使ってペタペタと触っている。このままだと食事の時間が遅くなる。
気にせずにするか。何か言ってきても気にしないことにした。私がやめろと言ってもシルフはやめることはないだろう。
タオルを水に浸して絞り、濡れすぎず、乾きすぎず湿っているぐらいがちょうどいい。水が冷たいのが不満だが、体を洗えるからいい。
「髪も洗えたらいいんだが、それは贅沢な悩みだな」
ここに来てからシャンプーというものは見ていない。作る気もないし、手に入るものではないものを求めても意味はない。無駄な労力だろう。なら今ここでできることをやればいい。
「水でびちょびちょ……」
「それはすまなかったな」
シルフが小さくなって頭の上に乗ってきたが、気にせず体を洗う。髪が濡れてしまったが、時間が経てば乾くだろうしな。
両腕と前と背中、後は顔。これで多少の臭いは取れただろうか。それは今はわからないが、スッキリできたのは間違いない。




