第七十二話 臭う主人公
「さて、何を獲るか」
じっくりと見たわけではなかったが、あの少年と少女はエルフだった。ただ、特徴である耳が長くない。私が知っているエルフは彼女1人だけだが、それでも見れば分かった。この世界で初めて会うが、いろいろと調査しなくては。
「アーロさん、ご飯どうしますか? またあれ狩るんですか?」
トキシン・ブルか。私とシルフ用に狩って、アレシアとヘイリー、エルフ達には何にするか。肉だけだと味気ない。治療院で食べた豆入りスープにしようにも何を使っていたのか知らんしな。
「アレシアは何がいいと思う?」
「え、えっと……」
急に話を振ったからかとんでもなく驚いていたが、私だけが決めると肉だけになってしまう。
「アーロさんのお好きなように」
「私が決めると肉中心になるぞ。それに何もないならあれを狩る気でいるしな」
私の目線の先にはゆっくりと歩いているトキシン・ブル。他にも一角鹿やうさぎいるのだが、いまさら挑戦するのも躊躇う。それに毒味用に銀の串があるとはいえ、別のことであたるかもしれない。それを考えると、今すぐ出せるものではない。
「仕方ない。果物を取るか」
「じゃあ私取ってきますね!」
一人で行かせていいのだろうか。前のカトブレパスの時のようにならないといいが。
「アレシア」
「はい」
声をかけてしまったが、この後どうするか。止めてから何も言わない私を不思議そうに見てくる。
「ブルを解体した後、持っていくのを手伝って貰えないか?」
「アーロさん、一人で持てるじゃないですか」
「腕を鍛えるにはいい重さだからな」
ああ、なんと嘘が下手なことか。とっさに出た言葉がコレとは。もう少しいい言葉回しが出来たものを。必要な時には出るものがこういう時に出ないなんてな。
「なるほど! 分かりました。じゃあその後に果物探しですね」
「ああ、そうだな」
アレシアが純粋で良かった。騙すようで申し訳ないが、一人にさせて怪我を負わせるわけにはいかないし、それに追手に見つからないようにしなくてはならないからな。
さて、早めにブルを仕留めて戻らなくては。こちらばかりに集中しているわけにもいかない。ヘイリーたちのところは追手が来る可能性が高いのだから。
しかし、どう仕留めるか。銃でやるのが一番なんだが、昨晩イノシシを狩ったので一つ。
残りの残段数は、四。なるべくなら音を立てたくない。
「アーロさん!」
そんなに慌てて近づいたら危ないぞ。ブルの突進力は致命傷にまで至るからな。
自分に近づく前にハンドガンでブルの目と脳目掛けて撃ったが、後で弾を取り除いとかないとな。
この後をどうするか。もし近くに追跡者がいたらばれてしまうかもしれない。早めにここから離れよう。
「アレシア、手伝ってくれ」
「鼻痛くなりません?」
「今は大丈夫だ」
自分の嗅覚がおかしくなってなければ、何もきつくはない……はず。正直自信がない。ずっと同じことをしていると感覚が麻痺してくることがあるからな。血の匂いも同じくだ。
「痛くなるじゃないですか!」
「すまん」
案の定おかしくなっていたか。手伝おうと近づいてきたアレシアが一瞬顔をしかめた後、自分の鼻を抑えながら私に涙目で訴えてくる。
「それと、アーロさん。前々から思っていたんですが、水浴びしてください。血とか鉄臭さで臭いがびっしりです!」
「そこまで匂うか?」
とりあえずブルの足を縛って、二人掛りで持つことは出来るだろうか。
血と鉄臭さは仕方のないことだ。十年という長い月日でこびりついてしまった臭いは、私ではどうすることも出来ない。
「これに関してはどうしようもないな。いっときの水浴びでどうにかなるものではない」
「過去にどんだけブルを狩ったんですか……」
「いや、ブルだけではないのだが」
現代で魔物や人、それを数えだしたらきりがない。ただ、これから気を付けないといけないな。今までは臭いでばれることはなかったが、ここは異世界だ。元の世界と違って臭いでばれる可能性も出てくる。まだ見ぬやつらや変化した魔物。なるべくしたくないが、人も倒すことがでてくるかもしれない。
いまさら罪悪感がわくことはないが、躊躇はする。ここと元の世界の常識が同じというわけではないからな。
「ヘイリーたちのところに戻るぞ」
「は、はい! あ、でもブルはどうするんですか?」
「二人で持つか」
ブルの足を前後でそれぞれをひもで括り、後ろ足に括りつけてあるひもをアレシアに渡そうとするとドン引きした顔で私を見つめてきた。
「本当に私も持つんですか?」
「ああ。『分かりました』って言っただろ?」
「確かに言いましたけど……」
「仕方ないと思って諦めることだな」
「はい……」




