第六十九話 初めての抱きかかえ
朝になり、皆が起きてくる。昨日獲ったのが肉しかないから朝食は肉だ。
すでに焚火の準備はしてある。後は焼くだけの作業だ。一番遅く起きたのはヘイリーだ。あれだけエールを一人で飲めばそうなるだろうな。二日酔いになっているのか頭を押さえてふらふらとしていた。
「大丈夫か? ヘイリー」
「少し無理そう」
「目的地に着くまで横になっているといい」
「そうする」
食欲もないようで、焼いた肉が食べられることもなく一人馬車の中へと移動していく。これは葉で包んで後で食べたくなった時に渡せばいいか。
全員が食べ終わり、焚火の跡を消して目的地までの護衛がまた始まる。
昨晩ずっと眠りもせず見張りをして馬車の揺れも相まってか、途中で寝てしまったが、その道筋で商人を狙う盗賊や魔物が襲撃するという問題が発生することもなく、目的地に着くまで休めることが出来た上に、無事に送り届けることも出来た。
その後、証明書と報酬を貰い、最後まで見送り届けて依頼は終わりだ。
「よし。歩きながらこれからの作戦を伝える」
「は、はい」
常に周りに気配がないことをシルフに確認してもらい、昨晩考えた作戦を全員に話す。内容は私が木を使っておとりとなり、全員が中を確認する。その中身が人であるならば助ける。もし違うものならすぐその場を後にし、戦うことだけは避けること。最後が一番大事だ。痕跡を残したら私たちがやったとすぐ分かってしまう。
「木? 木って森とか林とかに生えてるあれ?」
「ああ」
「えっと、どういうこと?」
そういえば説明してなかったんだったな。自分の知り合いが木の怪物になったという知らせを受けて、彼女は私のところに来ていたはずだ。
ただ、正直に話すのも躊躇する。私が言ったことを全て報告する義務がヘイリーにはあるが、知られたくないこともこちらにはある。
「……詳細は省くが、衛兵が言っていた木の怪物になったってのは間違いではない」
「それ言っても大丈夫?」
「大丈夫ではないが、もう知られている事。ほんの少し、私の状況が悪くなるだけだ」
そう。ほんの少し状況が悪くなって、自分の居心地が悪くなるだけ。それに今だけだ。やつを倒して元の世界に戻れば気にする必要もなくなる。
私は、自分の任務を完遂させるために来ているのだから。
「二人は知ってるの?」
説明は昔にやっている。それでも着いてきているということは、覚悟しているということ。
だと、私は思っている。直接聞いたわけではないからな。
「……そっか」
「報告するかどうかの決定権が君にあるなら、好きにするといい。私にどうこうする権利はない」
頷く二人を見て、ヘイリーが何か考え込んだ。私たちはそのまま、馬車の後を追う。
車輪の跡はまだ新しい。走っていけばまだ追い付けるな。さて、これから走って追いかけるのだが全員付いてこれるだろうか。
「走るぞ、大丈夫か?」
「大丈夫!」
「抱えてくれたら嬉しいなー」
「が、頑張ります!」
若干アレシアが心配だな。仕方ないが、今日は特別だ。後ろは無理だが、前なら抱えやすい。乗りやすいように屈むとシルフはいつものように小さくなって頭の上に乗り、アレシアは私の目の前でどうしたらいいのか慌てている。太腿に座るよういうと、遠慮がちに近づいた。
「い、いいんですか?」
「今回だけ特別だ」
「じゃ、じゃあ失礼します」
立膝でいると立てている右足に座った。片手で持ち上げやすいように膝裏に腕を通すと擽ったそうに笑っている。ソフィア以外にしたことなかったが、人によっては擽ったいのだろうか。
「わ、わっ!」
「腕をもう少し上げてくれないか?」
急に持ち上げて驚いたのか、アレシアが私の顔に抱き着いてくる。目のところに腕があるからこれじゃ前が見えん。しっかりと膝裏に腕を通しているから不安定ではないと思うのだが、アレシアにとっては不慣れな体勢なだろうか。
抱き上げて思ったのだが、アレシアとソフィアで全然軽さが違うようだ。身長差もだが、何より防具の有無が関係している。
「なんか慣れてるね?」
「想い人をいつも抱えてたからな」
「雪山で言ってた人?」
「ああ」
アレシアがしっかりと掴まったのを確認して、シルフが私の頭の上に乗りながら目標への道筋を教えてくれる。アレシアに重くないのかと聞かれたが、誰かを抱えて走るのはいつものこと。走るだけではなく護ることもしている。特にかわったことはない。
「想い人って誰ですか?」
「私が恋してやまない女性だ」
右上から驚いた声があまりにも大きすぎて自分の耳が壊れるかと思った。アレシア以外は知っていたが、私に好きな人がいるのがそんなに珍しいのだろうか。それとも私だから珍しいとか?
「あの、こういっては何ですけど、アーロさんってすごく真面目ですし。近くに女性が多くいるのに、あまり口説いているところを見ないなって」
「それで意外だ、と?」
「はい」
なるほど? 確かにソフィア以外の女性に靡いたことはないな。というよりも、ほかの女性に色目を使ったら彼女に嫌われるのが嫌だからしていないというのもある。いや、嫌われるならまだましだ。私が自分を正せばいい。何が嫌だって、相手にされなくなるのが一番堪えるのだ。彼女なしでは、私は精神を保っていられない。
「ここから先は変わったみたい」
頭の上にいたシルフが私の髪を引っ張って立ち止まらせ、居場所を知らせてくれた。どうやら、ここで誰かと会ったらしい。ただ、商人の姿はない。すでに移動した後か。変わったってことは何かを交換して、その何かを持っていたようだ。では、その持っていた方へ向かうとしよう。




