第六十七話 初めての喧嘩
あれから何事もなく、日も傾いてきた頃、今日は野宿をすることになった。シルフがトキシン・ブルを食べたいと言ってきたが、さすがに今は出来なかった。私やシルフは大丈夫でも、依頼人が失神するかもしれなかったからだ。
今日の夕飯は肉。野宿する度に同じような気がするが、気にしないでおこう。何のかはまだ決めていない。その辺を通った獣で十分だろう。共に狩るのはヘイリーだ。
「ねぇ、アーロ。あの依頼人怪しくない?」
「まぁ、不思議ではあるな。荷物が何なのか一切言わないのは」
食料用に獣を探している時、ヘイリーが隣に並んで聞いてくる。ずっと気になって仕方がなかったのだろうな。気にするなと言ってもそれを止めることは難しい。なんでも興味を持つ人は特にだ。
「どうする?」
「どうするも何も、途中で放棄して弁償するくらいなら、最後までやるしかないだろう」
辺り一面草原が広がっている。見渡しやすいのだが、周りに何もいないことがすぐに分かってしまう。それに、これだけ視界が開けていると、見る場所も多くなるから少しだけ疲れるのが難点だ。
「そうなんだけど……」
「何がそんなに不満なんだ」
口篭りながらも食料探しの手は止めてはいないが、私にはさっぱり分からない。何故そこまで固執するんだ? 私たちと商人は、ただの依頼人とそれを受託する冒険者だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「もし、あの中身が人だったらどうするのさ」
「いや、それは無いな」
人だったら、寝ていたとしても気配がある筈だ。近くに座ったからこそ分かる。あの中にいたのは人じゃない。では何かと問われると、不明だとしか答えられないが。
「なんで分かるの?」
「人を見て接してきたからだ」
10年以上も人を見続けてきた。だからこそ分かる。人にはあって、獣や魔物にはない感情という雰囲気があることを。もっと言えば、その相手の性格を知ればより分かりやすいのだが、さすがにそこは知り合わなければ難しいところだ。
「とにかく、相手が秘密だって言ってる事にとやかく言うのは野暮ってものだぞ」
「人じゃなくても私は誰かが困っていたら助けたいの」
ヘイリーの行動の軸となる信念か。それは、確かに良いことなのだろう。私のように任務を優先する者。ヘイリーのように心の感情を優先する者。時によって、それぞれが誰かの助けになることもある。だが、今は優先度が違う。それに助けるとしたら依頼が終わった後からでも出来ることだ。
「その考えは持っててもいい。だがな、ヘイリー」
「聞きたくない! アーロも助けるなって言うんでしょ!」
彼女の悲痛とも呼べる声が平原に響く。その声に驚いた鳥が木から飛び立ち、陽気に飛び跳ねていた兎が止まった。ヘイリーからこれだけ感情的な声を聞くのは初めてな気がする。今までは頼れる先輩冒険者として、私やアレシアも頼っていた。過去にこのことで何か遭ったのだろうか。
「よく聞け。私は一言も助けるなと言っていない。優先順位を考えろと先程言うつもりだった」
「へ……?」
涙目で驚いた顔を私に向けている。シルフにも言ったことを話した方がいいだろうな。
「君の考えを否定する気はない。もし、本当に何かが囚われているのなら、私も助ける気でいる」
それに無鉄砲で助けに行くよりか、十分な作戦を考えてからやるべきだ。あらゆる手段を探ればいい。どんなことが起きようと対処できるように。
まずは、敵情視察。その後、交戦。もし、何かを捕まえていたら救出。
ただ、それだけだ。
「とりあえず後で私の考えを言う。今は誰にも何も言うな」
「わ、分かった」
ここからは私の役目だ。誰にも見られることなく終わらせる。
ヘイリーから唾を吞みこむ音が聞こえ、そちらに目線を合わせれば彼女の目が何かを語っている。
これは、恐怖……?
彼女が私を何か別のものとして見ているということなのか。別に、私を怖がる必要はないだろうに。
「よし、食料探し再開するぞ。皆が腹を空かして待っているからな」
「う、うん」
先程まで楽しそうに野を飛び跳ねていた兎がまだ同じ場所にいればいいが。いなければ猪を狩るか。そちらの方が兎を何頭も狩るより効率がいい。
まぁ、そんな上手いこと事が進むことはないだろう。
「見つけた!!」
「なに、どこだ」
ヘイリーが獲物を見つけたらしい。場所を知らせずに一目散に向かっている。方向ぐらい教えてくれてもいいんじゃないか? 彼女の足がとんでもなく速かったら見失ってしまうぞ。
藪の中に入らせないようにヘイリーが猪を追いかけ回し、反撃にあって逆に追いかけられているが、頭を狙えばいい。
鬼ごっこはそろそろ終わらせよう。私の腹も、何か食べさせろと鳴り始めているしな。
「このぉ!」
ヘイリーが猪の後ろを走り回りながら槍で応戦している所に、ライフルで立ったまま、慎重に頭を狙う。
「やるなら先に言って!」
野に軽い音が響き渡る。追いかけていたヘイリーが突然横に倒れた猪に驚き、死体に足が引っ掛かって盛大に前にこけた。勢いよく起き上がる音が聞こえてくるほど勢いよく立ち上がり、私に文句を言ってくる。どうでもいいだろ。食料は調達出来たんだから。
「すまんな」
「絶対反省してない!」
「さぁ、持っていくぞ」
括りつけられるほど太い枝はないな。仕方ない。四肢を紐で括って、肩に抱えて持っていけばいいか。後ろでは私について来ながらまだ文句を言っている。無視して皆の所へ戻ろう。
嗚呼、腹減った。




