第五十六話 幻覚
街に戻ったら白い目で見られることも無く、今まで通りだった。
これから先、何が起きるか分からなくても、不安な表情を見せてはいけない。
『弱みを見せたらそこで終わりだと思え』
何度も司令から言われてきた言葉だ。
それを頭の中で繰り返し、ここでも同じようにする。
「あ、おかえりなさい!」
ギルドのドアを開けると、今は冒険者がいないのか、受付嬢が自分の机で事務作業をしていた。
様子からして、ここにはまだ情報が来ていないようだな。
「ただいま戻りました!」
アレシアがシルフの手を引っ張りながら元気よく受付に向かっていく。
歳の差が2人にはあるが、仲がいい兄妹のようにみえる。
「アーロさん! 早く!」
「ああ、今向かう」
もし、兄妹がいたらあんな感じなのだろうか。なんとも言えんが、そう思わせる何かが二人にはある。
「明後日新しいもの渡すので来てくださいね!」
「……明後日? 明明後日じゃないのか?」
「違いますよー」
いったいどういう事だ? リカロと戦ってアレシアを救出したのは、たった1日で起きた出来事なはずだ。
なのに2日かかっているだと? あの暗闇で一瞬だけ寝ている間に時が経っていたということなのか?
これは、シルフに聞くのが一番か。
「説明してくれるか?」
「うん、後でね」
聞かれると分かっていたのか、小声で答えた。
私たちのやり取りを見て、アレシアが不思議そうに首を傾げているが、何かを察したのか受付嬢と会話し始めた。
疲れているからなのか、あくびが止まらない。
いますぐ寝て休みたいが、まずは聞かなくては。その前に……。
「アレシア。私が新しいバンクルをもらうまでは、いったん冒険は休みだ。それまでの間好きにしててくれ」
「あ、じゃあ、今まで通り一緒に行動しててもいいですか?」
「逐一私に許可取らなくてもいいんだぞ」
「私がそうしたいんです」
嬉しそうにニコニコと笑いながら隣を歩いている。
全部は見ていないとしても、あんなことがあったのにまだいてくれている。
何故だ? 十分知っているだろうに。あの時に説明もした。私が半分人ではないということも。
怖い体験を何度もしているのに、何故隣を歩いてくれる?
「考えすぎちゃだめだよ、アーロ。眉間に皺寄ってる」
「ああ」
どんなことを考えているかまでは分からなくても、悩んでいることが最近分かるようになってきたのか、よく注意されるようになった。
「ごはん食べましょ! 私お腹すきました!」
「そうするとしよう。食事しながら何があったのか聞けるしな」
ギルド内に設立されている食事場で腹を満たそう。
シェフが新作の味見をとのことで、料理を無料で提供していた。
ライ麦と豆入りのスープだったのだが、どう食べればいいかわからずにいると、アレシアが教えてくれた。
まさかそのままつけて食べるとは。スプーンはないのか?
「おいしー!」
「ふむ」
味は薄めだが、心が満たされるような気がする。今後はこれを食べてから休むとしよう。
「それで、シルフ。私が気絶している間何があったのか聞いても?」
「うん。その前に、確認したいんだけど、アーロは衛兵さん達が剣を向けてきたから敵対したってことであってる?」
「ああ」
あの時確かに敵意があった。だから私は銃を向けた。そこに違いはない。
「あれね。本当はそんなことなかったんだよ」
「……どういう事だ?」
その時の事をしっかりと覚えている。目が、身体が、私の事を怪物だと言っていた。
「自分では分からなかったんだろうけど、あの時君は怪物になってた。比喩とかじゃなくて本当に」
あの時、人の手の形をしていた。頬も触った。男だからか、女性よりかは柔らかくはないが、ちゃんと人の顔の形をしていた。
「アーロが無意識に強くそう思い込んでたんだよ。自分は人間だって。それゆえに錯覚していたんだと思う。それに、衛兵さんたちが感じていたのは君に対する敵意じゃなくて、未知なるものへの恐怖だったんだ。それを君は勘違いしていたんだよ」
「そんな……」
そうなると、私は無害な者に銃を向けたということになる。本来だったら、トリガーを引く事は出来ないはず。ソフィアとの密約でそう出来ないようにされているから。それすらも錯覚していたのか?
「僕と木たちの声聞こえなかったでしょ? 君が冷静であれば聞こえていたはずだよ。『落ち着いて』って」
「最初に何か言っていたとは思っていたが、まさかそんなことを言っていたとは」
今思うと、今まで聞こえていたのが急に聞こえなくなっていたのに、あの時は変に思わなかった。
すでにおかしくなっていたんだな。
「……衛兵達は?」
「無事だよ。僕が木たちと協力して君に幻影を見せていたから」
「……そうか。それは、すまないことをした。シルフにも衛兵達にも」
疲れやストレスは溜めすぎない方が良さそうだ。その為に休めと言われたのかもしれない。
「まぁでも、報告は行くだろうね」
「だろうな。どうなるかは分からん。ただどんな結果になろうとそれを受け入れる」
最悪なことになろうとな。
「……死なないですよね?」
「なんとも言えん」
「私、嫌ですよ。アーロさんと、もっと……」
この話を聞いていたアレシアが目に涙を溜め、俯いている。
私は酷い男なのかもしれん。この世界に来てからというも、彼女を泣かせてばかりいる。
心に留めているのはソフィアだけだが、これから先一緒に行動するなら、彼女同様に大切にしなくてはならない。これから、決して泣かせるようなことがないようにしなければな。




