第四十八話 不明な声
「そのまままっすぐ行って次の角を右に」
「なぜそこまで分かるんだ?」
「風が知らせてくれるんだよ」
楽しそうに笑いながら、行く先を指差している。
シルフの目には、風が何かしらで見えているということなのか?
自分でも見えるのだろうかと、じっと見つめても何も変化などなく、道が続いているだけだ。
「もう少し、目を凝らして集中してみて」
言われた通りしても、変わらない。
「じゃあ、方法を変えてみようか。今すぐ戦闘態勢になってみて」
それならば出来る。いつでも切り替えられるよう訓練してきたのだから。
「どう?」
切り替えた途端、視界がぼんやりと揺らめいている。近いところや遠くを見ても変わらなかった。
疲れているということはない。
それだったら試す前になっているはずだから。
急に変えたことで、目が追いついていないのか?
「景色が揺らいでいるだけだ。これだったら普通に見た方がいい」
「いったん目を閉じて。それからゆっくり開けるんだよ」
視界を暗くすることで何か変わるのだろうか?
「どう?」
「これは……」
若干のぼやけはまだあるものの、さきほどよりも見えやすくなっている。
足元を見たり、遠くをみたりしてもそれは変わらない。
それよりも驚いているのが、望遠鏡やスコープを適切な距離で使わなかったときに出る『ケラレ』というものが、自分の目で起きているということだ。
もし、戦闘で使う機会があればスコープもいらなくなる。
「それ以上は無理そうだね」
飛んで目の前に来たのは分かったのだが、ボンヤリとしか見えなかった。
結構近くにいても、顔の表情も見えないほどだ。
これは多用出来ないな、慣れるまでは。
そこまで酷使していないのだが、予想以上に目に負担をかけてしまっている。副作用で頭痛もする
「目、閉じて。深呼吸ー」
言われた通り、したら少しだけ楽になってきた。
この時に、体の力を抜いて、新鮮な空気を肺の中に。
「最初はそれくらいで十分かな。練習する時、注意してね。1日3回以上したらダメだよ」
「それだけでいいのか?」
「もっとしてもいいけど、頭痛くなるでしょ? 眉間に皺が寄ってたよ」
小さい手で眉間を撫でている。
体温はあるものの、人間よりか少しだけ低い。
そのおかげか、ひんやりと冷たくて気持ちよかった。
「僕が案内するから、信じて目を閉じて歩いてね」
「わざと木にぶつけるようなことはしないでくれよ」
「そうしたとしても避けられるでしょ。君なら」
近くにいるのに、空気に解けてどこかへ行ってしまうかのような笑い声が耳に届く。
仲良くしているとはいえ、精霊だからなのかわざと木にぶつけようとしてきたり、蜘蛛の巣が張ってある場所に連れていかれたりした。
さすがの私でも、何度もされると怒らざるを得ない。
そう思って口を開こうとすると、複数の男たちの声が聞こえてくる。
「もう目を開けて大丈夫だよ」
目を開けると、そこには衛兵たちがいた。
ただ、その者たちは冒険者ギルドで会った者たちと違い、豪華で強そうな装備を身に着けている。
ほかにも魔法使いと思しき人物までいる。
こんな何もないところに集まっているわけは何だ?
「き、君は冒険者か?」
「ブロンズクラスだ」
私の言葉と腕についているバンクルを見て、ため息をついて何故か落胆している。
何が起きているのかはわからないが、いきなり残念そうな顔をされて、諦めた雰囲気を出すのはやめてほしい。
「君、帰りなさい。ここに何の用で来たのかは知らないが、ここは今危険な場所なんだ」
「……私の仲間がここにいると、風の知らせを受けてきた。すまんが、このまま帰るわけにもいかん」
帰らせようと、私の向きを変える衛兵の手を強引に離して、割り込んでいく。
衛兵たちが見ていた先に、洞窟があり、そこには身元が分からないほど、細切れになっていた何かが散らばっていた。
「アレシアと……あれはリカロか? 何故あの場所に」
「知り合いか?」
「現仲間と元だ」
今のあいつの姿は人ではなく、翼を生やし、目が頬と額に一つずつ出した化け物へと姿を変えていた。
そして、何かを呟いていた。
「あれがか?」
私の言葉に衛兵達が驚くのも無理はない。人であった面影はほとんどなくなっている。
「悪魔に魂を売ってでも、私を陥れたいのか」
――そうだ。
今の声は……。
1ヶ月前にも聞いた事がある。
腹に響くような低い声。
この声が聞こえた時、周りの音が一切なくなった。
風も木も、人の呼吸音さえも。
ただ聞こえるのは、自分の心臓が鳴り響く音だけだ。
――貴様と戦えるのを楽しみにしているが、予想以上に早く強くなられても困るのだ。
「……半分はあんたの手のひらのうえで転がされているが、半分は制御できていないということか」
――そのようだな。余興には面白い存在よ。
いまだにこの声の主は誰かわかっていない。
だが、一か月前とは違い、会話出来ている。初めて聞いたときは、息をすることさえ難しかったというのに。
――ほぅ、それが貴様の本当の目的か。
誰にも伝えていないのに分かるだと?
この声の持ち主は何者なんだ。
時間を止め、空気すら支配するような奴の正体はいったい……?
――ならば、もう少し遅く成長してもらうとしよう。
邪魔したいのか見守りたいのかどっちなんだ。
「待て、もう少しだと」
まさか……! 今まで会ってきた強敵はこいつが放っていたのか?
デュラハンと雪山のやつは奴の支配下? あれほど強い奴らを下に付けるなんて。
もしかしたらやつは……。




