第四十五話 飴と鞭
「親父さん、エール2杯ちょうだいー」
ずかずかと入っていき、頼みながらカウンターに座った。
そういうところは少しだけ尊敬する。
男だらけの、しかも屈強で悪い顔をした野郎だらけの場所に、物怖じなく行くところは。
「アーロ、早く」
「酔ったりしないでくれよ」
「そんなことしないよー」
隣の椅子をポンポンと叩き、座るよう催促している。
そこに行こうとすると、男たちが一斉に立ち上がり、邪魔してきた。
「ちょっと、邪魔しないでくれる?」
「姉ちゃん、冒険者だろ? あんな細い背が高いだけの男よりも俺と冒険しようぜ」
「嫌なんだけど」
屈強な男たちの身長で阻まれて見えないってことはないのだが、私よりも低いせいか、壁という壁になっていない。
アレシアやヘイリーのように女性っぽい身長ということはなく、他の男冒険者達と比べると大きい方なのだが、私の方が頭一つ分大きいせいか、その役目を果たしていなかった。
「か、頭」
一心にヘイリーを口説いて、私と取り囲んでいる者たちを見ていないのか、こことカウンター席の温度差が全然違った。
「あぁ? 何だってんだよ! 早くそいつを……」
「なんかすまんな。壁代わりにこいつらをしたのだろうが、なっていないぞ」
イライラしながら振り向いて文句をいってやろうと振り返り、おそらく部下たちと同様に私との身長差で顔を青褪めていた。
座っていたからその差が分からなかったのだろう。
「た、ただただ、デカいだけだろ! やっちまえ!」
「店主、すまんがちょっと荒らす」
一言詫びの言葉を入れておけば大丈夫だろうか。
そんなことを考えていると、命令された部下たちが各々の武器を取り、向かってくる。
気絶させればいいか。そのあと外に放り出して、晒しものにすればいい。
両脇にいた男達が突っ込んでくる。
サバイバルナイフを手に取り、片方の剣を弾き、すばやく首の根に柄頭を叩きつけた。
大きな音を立てて倒れた1人の男に、驚いているもう一人の髪を掴む。
暴れているが、そんなのは関係ない。膝で峰当たりを蹴った。泡を吹いていたが、次だ。
「本当に君たちは冒険者か? それにしては動きが遅いな」
少しの煽りも入れておこう。早く終わらせて、盗賊たちを探さなくては。
怒った乱暴者たちが一斉にかかってきたが、こんなものモンスターを比べたら可愛いものだ。
例えそれが錯乱している者だとしても。
「な、何を笑ってやがる」
おっと。無意識に笑っていたみたいだ。気を付けなくては。
ポーカーフェイスってわけではないが、ある程度は表情を引き締めないとな。
「なに。モンスターに比べて、人間とは戦いやすいなって思っただけのことだ」
「ば、化け物」
「冒険者なんて化け物と同じだろう? 不可思議な魔法を使って、自分よりも強いモンスターと戦うのだから」
なんも違いはない。
違いと言ったら見た目だけだ。人の姿をしているか、異形な姿をしているか、だ。
「ひ、ひぃ!」
気絶している仲間を連れ、頭と呼ばれたもの以外は酒場から去って行った。
1人残された。さぁ、どうする?
「お、俺は世界的に恐れられている盗賊だぜ」
「そういうとかっこ悪く見えるって知っているか?」
ん? 盗賊? もしかして、こいつが依頼書の? なら、今チャンスなのでは?
ぺちゃくちゃと自分のことを話して、悦に浸っている間になら近づける。
ばれない様にポーチから縄を取り出して。
「だからそこをどけ」
「すまんが、君の自慢話はほとんど私の耳には届いていない。それと、これをやろう」
「え?」
今までにないほど、にこりと笑っていると思う。
どんな感じは確認できないが、アレシアやハイエルフの彼女には見せられないな。
その証拠にヘイリーが引いている。
「部下たちはどこに逃げた? 吐け」
こいつが依頼のやつなら怪我をさせるわけにはいかないな。
監督官に渡された縄を腕に付けた途端、力が抜けたのか、その場に座り込んだ。こいつはすごいな。
ここから逃げていった部下たちも、いつかは戻ってくる。
その前に場所を特定して、武器を破壊しなければ。
「吐く気はないのか? ん?」
飴と鞭を繰り返して、居場所を吐かせる。
本来なら、違う人物で長い時間を掛けて交互にやるのが効果的なのだが、今は私しかいない。
ヘイリーが出来るかどうかが今の段階では分からんしな。
「吐いたらすっきりするぞ?」
飴をありったけやった後に、恐怖のどん底に落とす。そして、また優しく問いかける。
「そうか、話さないか。なら、殺すしかなさそうだな」
自分の腰のベルトに手をまわし、ハンドルを手に取ると相手の額に突きつけた。
どういうものか分かっていない顔をしている。一発無駄になってしまうが、仕方ない。
「これが何か分かるか?」
セーフティーを外し、さらに強く押し付けた。
鉄の筒はあっても、いまいち威力は分かっていない者がほとんどだ。
この世界には普及していないからな。いまいち怖さが分からないのも無理はない。
人に向けては撃てない。なら、ガラスに向かって撃てばいい。
傍目で通行人がいないかを確認して、トリガーを引く。
耳を劈くような音が店内で響いた。
雪山とは違い、店の中は狭い。音が逃げないせいか、より大きく音が聞こえた。
それを利用する。
「ここから遠い場所にある窓が、一瞬で粉々だ。そんなものをあんたの頭に撃てば……。後は分かるな?」
再度確認すると、間近で音を聞いたせいか気絶していた。
「仕方ないか」
「ね、ねぇ、それなに?」
「雪山で使っていたものと同類のものだ」
「そんな大きい音立ててたの?」
「ああ」
あの雪山では雪が音を吸収していて、そこまでではなかった。
だが、ここは違う。何も抑えるものはない。
「さて、地道に探すか。すまんな、店主。窓代はあとで弁償する。行こうか、ヘイリー」
「う、うん」
まだ驚いているのか、ゆっくりと私の後ろをついてきた。




